機関誌「IMF-JC」2004年春号

特集
―第2次賃金・労働政策の取り組み−

「第2次賃金・労働政策」に込めた政策主旨
−今、何ゆえの「第2次政策」の立案か−

金属労協(IMF−JC)
事務局長 團野 久茂

1.はじめに
 
97年に第1次賃金・労働政策を確認・決定してから早や8年が経過しようとしています。ここにきて、全世界的にグローバルな市場経済化の進行のもと、産業・企業間競争が激化し、個別企業においては事業構造の転換や企業再編が進行していることは云うまでもありません。しかし、それと同時に、ここ数年来、日本でもアメリカの後を追うように、急速に情報化が進行しています。また、近年、株式市場からの圧力が急速に高まり、多くの企業が経営を市場指向型へ転換させつつあります。その結果、日本企業の多くは、市場からの圧力のもとで業績や成果主義の給与体系を導入し、労働力の外注化など柔軟な雇用システムの構築を進めています。それは97年の第一次政策以降において、特に非典型雇用労働者が急激に拡大していることからも読み取れます。アメリカで生じた賃金格差の拡大と雇用保障の低下は、すでに日本でも始まったものと見なければなりません。このままこの動きが進めば、日本企業で働く労働者の間でも、コア労働者とその他労働者に大きく二極分化する可能性が高いと判断されます。わたしたちは、こうした現実を直視し「第2次賃金・労働政策」を提起することにしたわけです。日本全体の賃金の低下傾向は、こうしたことの象徴的な現象である証明とも考えられます。社会構成員の2極化と企業から個人へのリスクの転嫁は、これまで安定的であった日本社会に大きな変化を引き起こすことにもなりかねない重大な変化要素を含んでいます。
 一方、政府においても、より一層の市場化を推進する観点から、社会的ルールともいえる雇用・労働の規制を緩和する動きを顕在化させています。働く者の代表として労働組合の政策対応が必要不可欠となっています。金属労協はこうした観点から、この第2次賃金・労働政策の提起内容をもとに、「生活との調和と自己実現できる多様な働き方の確立」にむけ、労働者・生活者の視点から実践的に取り組みを展開していきます。
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2.多様化する雇用とヒューマンな長期安定雇用の確立
 
金属労協は、第2次賃金・労働政策においても「ヒューマンな長期安定雇用」を政策立案の基本においています。
それは長期安定雇用が勤労者に対して雇用と生活を保障し、能力発揮を促すシステムであると同時に、企業にとっては最も重要な教育訓練投資が無駄にならず、長期にわたって勤労者の能力・業績を観測でき、人事配置や賃金決定も効率的であるという点にあります。ましてや市場経済化の拡大のもと国際競争が熾烈を極めている今日においては、長期安定雇用を基本とし、独創性と独自の技術を企業発展の基盤と位置づけながら、「人的資本」重視の考え方を徹底し、能力開発を通じた勤労者のレベルアップを絶えず考えるべきことは云うまでもありません。
しかし、一方で旧日経連(現日本経団連)は、95年5月に「新時代の日本的経営」を打ち出し、「雇用流動化」の観点からの「雇用のポートフォリオ」を主張しました。これは、これまでの長期蓄積能力活用型雇用に加え、専門能力活用型・雇用柔軟型といった様々な雇用タイプの組み合わせによって、総額人件費の抑制・変動費化を図るべきとの主張であり、日本の労働市場が外部柔軟性を追求する方向へ変化する方向にあったとはいえ、日本雇用システムの特質を顧みない一方的な経営の考え方でありました。しかし、その後、非典型雇用労働者の割合は急激に増大し、現在では全就労者の約3割にまで達しています。さらに、本年4月からは生産現場への派遣労働者の就業が解禁されるなど、今後さらに非典型雇用労働が増加することが懸念されています。
金属労協はこうした実態を直視し、今回の第2次政策においては、単に「雇用移動が不利にならないシステム」としてだけでなく、非典型雇用労働者を含めた「ヒューマンな長期安定雇用」をいかに確立するかに焦点を当てました。金属製造業における「新たな働き方」として、労働時間給発想のもとで正社員との均等処遇を実現し、労働生産性の低下をきたさないことを前提に、雇用不安の解消にむけて「短時間労働的な就労の実現」の必要性を提起したものであり、非典型雇用問題解決への足がかりをつけるものとして、各産業別での具体的な検討を要請したものであります。これは一方で、進行する少子高齢化のもとで男女共同参画社会を視野にいれたものであると同時に、勤労者の多様化するニーズに対応し、「生活との調和と自己実現をめざす多様な働き方の実現」をめざすことにしました。このためには、将来の労働社会を展望し改めて労働時間短縮の考え方についても再整理していく必要があります。こうした残された課題についても、引き続き検討を詰めていきます。  
今、金属産業の職場の就労実態は、グループ・関連企業を含めた事業全体を視野に入れるならば、従来の請負に加えて、ライン一括請負や派遣労働が徐々に各職場に浸透しており、その割合は概ね20%強にまで拡大しています。各産業による実態の違いがあるとしても、さらなる増大は正社員の働き方そのものにも影響を与える可能性があり、放置するならば、将来的には処遇面での影響も出てくる問題と考えておく必要があります。
金属労協は、2005年闘争の具体的な取り組みの中でも、派遣労働者等の受け入れに関わる労使協議を開催し、賃金、労働時間など幅広い労働条件について協議を行うことによって、非典型労働者の公正な処遇条件の確立に向けた労働組合の関与を高めていくことを決定しています。職場によっては、その過半数が非典型労働となっている実態もでてきているだけに、正社員だけでなく全雇用労働者を視野に入れた取り組みが必要不可欠になっていることを、明確に認識しておかなければなりません。<ページのトップへ>

3.賃金・労働条件の「社会性の再構築」をめざして

第2次賃金労働政策の目的は、今さら云うまでもなく「生活との調和と自己実現をめざす多様な働き方」の構築にあります。JC共闘も今後の取り組み展開にあたっては、この政策を実現する観点から、単に賃金・労働条件の維持向上をめざすだけでなく、新たな働き方を支え得る仕組みづくりを各企業内においても推進していくことにしました。また、一方で、社会的な賃金比較としての「大くくりの職種別賃金水準の形成」、社会的な賃金の底支えとしての「JCミニマム運動」の考え方を提起し、金属産業内における条件整備を逐次進めつつ、今後のJC共闘における基軸的な取り組みとして確立し、そのことによって賃金水準の底上げと賃率の標準化をめざすことにしたところです。これは産業構造や労働市場が変化し、賃金波及力の低下がいわれて久しい中にあって、これまでの「引き上げ額」に変わる共闘指標として提起したものです。
われわれは、これまで永らく「賃金引き上げ額」を統一要求基準として設定し、速報組合(1000名以上の約80組合)を中心とした回答水準をもとに、中小組合における格差是正を実現すると同時に、全体の賃金水準の上位平準化をめざしてきました。それは日本全体としても、ある時期までは先行する金属の回答水準を参考に、産業・企業のちがいを越えて同様の回答を引き出しえたわけであり、十分に賃金の社会性が担保されてきました。これが日本のこれまでの「春闘方式」でした。しかし、その後の様変わりする時代的環境変化のなかで、従来通りのやり方が困難となったことから、我々はより絶対額水準を重視する方向に転換したわけです。そして、労働市場の変化や個別企業ごとの事情によって判断すべきとする経営対応に対応していくためには、個別賃金決定方式の銘柄(現行35または30歳ポイント)を工夫し、各産業を代表する「職種イメージをもった銘柄」に整理し、大くくりの職種別に賃金水準を形成していくことで社会的な規範力をもたせ、金属産業の魅力ある労働条件の確立を図っていくこととしたわけであります。
また、格差是正の取り組みについても同様の観点から、賃金水準を底上げ方式の取り組みに転換したのが、「JCミニマム運動」とも云えます。この取り組みは、すべての組合が企業内の最低賃金協定を締結し、それを法定産業別最賃へ連動させ、全体として210,000円以下をなくすための、社会的な規範力ある運動として確立することをめざしたものです。
ヨーロッパ労働組合との違いは、いわば労働条件の社会全体への徹底のちがいにあります。われわれも、こうしたことを念頭に「賃金・労働条件の社会性の再構築」をはかっていかねばならないと考えます。そうした労働組合の対応がなければ、より弱い者は社会の流に身を任せるしかなくなってしまうのではないでしょうか。
金属労協を構成する各産別においては、産業企業の動向や職場の就労実態を踏まえて、さらに踏み込んだ具体的政策を検討・立案されんことを要請しておきます。<ページのトップへ>

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