機関誌「IMF-JC」2005冬号

特集
―第2次賃金・労働政策の取り組み−

「ドイツの集団的労働法の最近の展開」

学習院大学法学部助教授
橋本 陽子

はじめに

 ドイツ統一後のグローバル経済の進展は、ドイツ労働法の規制緩和を最大の政治問題とした。1998年に政権をとったドイツ社会民主党(第1次シュレーダー政権)は、コール政権時に緩和された規制を直ちに元に戻したが、政権が第2期に入った2002年秋からは、ハルツ委員会の提言に基づき、2004年末までに、労働局(現在は雇用エージェントに改称)における求職機能の強化、失業手当の削減、失業扶助と社会扶助の統合及び起業促進等の労働市場改革のほかに、労働法では、有期雇用及び派遣労働の規制を緩和し、コール政権時に改正された解雇制限法の内容に再び戻した 。集団的労働法については、法改正は行われていないが、企業レベルにおける柔軟な労働条件決定を可能にするための、野党による労働法と事業所組織法の改正案が出されている。本稿では、集団的労働法の分野における最近の動向について、最初にドイツの集団的労働条件決定制度を説明した後で、最近の分権化の動きについて、紹介することとする。
 
Tドイツの集団的労働条件決定制度

 ドイツの集団的労働条件決定制度の最大の特徴は、産別の労働協約制度と企業内の事業所委員会制度との二重の労使関係制度が並存していることである。事業所平和の実現のために使用者と協働する事業所委員会は、争議権をもたない。

1 労働協約制度
(1)労働組合と使用者団体

 産別に組織される労働組合は、使用者団体もしくは個々の使用者と、労働協約を締結する。協約自治の原則は、基本法9条3項によって保障された憲法上の権利であり、労働協約法に具体化されている。
 基本法9条3項に基づく保障を享受する労使の団体は団結体(Koalition)と呼ばれ、具体的には、労働組合と使用者団体を意味する。
使用者団体は、現在、ドイツにおいて、約1000近く存在し、協約交渉における労働組合のパートナーとなっている。経済政策を担当する経営者団体と協約政策を担う使用者団体が明確に分離していることはドイツの特徴であるが、このような使用者団体は、19世紀後半に産業別に労働組合が組織されるのに対応して形成されてきた。

(2)協約の正当性保障(Richtigkeitsgewahr)
協約の正当性保障とは、協約法2条1項の協約能力を有する団結体が締結する労働協約に当然認められる効力であり、労働者と使用者の互いの勢力の均衡点として定められた労働協約は、通常、両者の利益を正当に評価し、かつ、いずれの側も、許容し得ないほどの負担が課されたのではないことが前提とされる。
このような正当性保障が労働協約には認められるため、協約能力の要件として、社会的強大性(Sozialmachtigkeit)と圧力能力(Druckfahigkeit)が、労働者側について要求される。かかる社会的強大性は、組合員数、労働・経済生活における労働者団体の機能、経済的人的設備、従来の協約締結実績などから総合判断される 。

(3)協約でカバーされる労働者の割合
 2002年末に登録された協約数は、全部で5万7329であり、そのうち、3万2787が団体協約、2万4542が企業協約である 。
 協約によってカバーされる労働者の割合がどのくらいかというと、組織率はわずか23%にすぎないにもかかわらず、約77%の労働者が間接的に協約の適用下にある。使用者が使用者団体に加入して、協約に拘束される場合、かかる使用者は、事業所の平和維持のために、非組合員と組合員とを区別することなく、等しく協約の労働条件を保障する。これにより、西側で71%(このうち63%が団体協約、8%が企業協約)、東側で56%(このうち44%が団体協約、12%が企業協約)の労働者、すなわち全部で68%の労働者が協約の適用を受け、さらに、協約に拘束されない使用者が、個別契約でその都度適用される労働協約を援用することによって、西側で約15%、東側で約24%の労働者が、事実上協約の適用を受けている。
 なお、一般的拘束力宣言制度(労働協約法5条)は、組織率の低い部門、小売業、建設産業、ホテル、飲食産業で意味を持っており、5万9600の協約のうち470(182が東側)の協約に一般的拘束力宣言が付されている 。

2.事業所委員会制度
(1)事業所の従業員代表

常時、選挙権を有する労働者を5人以上雇用し、かつ、そのうち3人が被選挙権を有する事業所において、事業所委員会を設置することができる。事業所委員選挙は4年ごとに、3月1日から5月31日までの期間に行われる。事業所委員及び専従委員の数は、事業所規模に応じて、定められている。
 90年代半ばにおいて、事業所委員会の設置されている事業所で働く労働者の比率は、42%であり、労働者数50人以下の小規模事業所では、設置されている割合が急激に低くなる 。
 企業内に複数の事業所が存在する場合には、中央事業所委員会が設置され、各々の事業所委員会から委員が派遣される。さらに、コンツェルン(株式法18条1項)では、個々の中央事業所委員会の議決に基づいて、コンツェルン事業所委員会を設立することができる。中央事業所委員会は、それぞれ2人の委員をコンツェルン事業所委員会に派遣する。その他、18歳未満の、又は、職業訓練に従事している25歳未満の労働者を、常時5人以上雇用する事業所では、年少者・職業訓練生代表が選出される。なお、事業所組織法の労働者にはあたらない管理的職員(事業所組織法5条3項)を常時10人以上雇用する事業所では、管理的職員代表委員会が設置される。
 事業所委員の数が9人以上である場合には、事業所委員会の業務執行機関として、事業所常任委員会が設置されなければならない。従業員数100人以上の事業所では、特定の任務のための専門委員会を設置することができる。かかる専門委員会は、特定の任務について、事業所委員会の任務を独立的に遂行する。さらに、2002年改正により、専門委員会のほかに、ワーキンググループの設置も認められることになった。
また、常時100人をこえる常用労働者を雇用する企業には、3〜7人の委員から成る経済委員会が設置され、経済委員会は、企業経営全般に及ぶ経済的事項について使用者と協議し、事業所委員会に報告する義務を負う。経済委員会は、毎月1回開かれ、情報が十分に伝えられず、かつ、これに関し、使用者と事業所委員会との間に争いが生じた場合には、仲裁委員会が判断を行う。
 事業所の労働者全体が参加する事業所集会は、3ヶ月ごとに開かれ、そこで事業所委員会は、活動報告を行わなければならない。とくに必要が認められる場合には、部門別集会でもよい。事業所集会及び部門別集会の日程は使用者にも通知し、使用者は、集会で発言する権利を有する。

(2)事業所委員会の関与権
 事業所組織法には、事業所委員会の労働条件決定に対する関与権が詳細に定められている。関与権のうち、もっとも強力なのは共同決定権であり、使用者と事業所委員会が合意に至らない場合には、事業所の仲裁委員会の判断を仰がなければならない。労働時間の具体的配分や賃金制度、安全衛生措置等の社会的事項が代表的な共同決定事項である(事業所組織法87条1項)。仲裁委員会の裁定は、使用者と事業所委員会との間の合意に取って代わる。
 その他の重要な関与権として、事業所変更の際の協議権があげられる。すなわち、常時20人を越える、選挙権を有する労働者を雇用する企業では、従業員全員又はその大部分に重大な不利益をもたらす可能性のある事業所変更の計画を、使用者は適時に事業所委員会に報告し、協議しなければならない(事業所組織法111条)。事業所変更とは、@事業所全体または重要な事業所部門の縮小及び廃止、A事業所全体又は重要な事業所部門の移転、B他の事業所との統合又は事業所の分割、C事業所組織、事業所目的又は事業所施設の抜本的な変更、D抜本的に新しい作業方法及び生産方法の導入である。事業所変更に関して、使用者と事業所委員会との間で利益調整が行われ、合意に達した場合には、かかる合意の内容は書面にされるが、計画されている事業所変更の結果、労働者に生じる経済的な不利益を補償又は緩和することに関する合意は、とくに社会計画と呼ばれ、事業所協定としての効力を有する(事業所組織法112条1項)。社会計画について合意に至らない場合には、仲裁委員会が社会計画の策定を決定する(事業所組織法112条4項及び5項)。

3 労働協約と事業所協定の権限分配
事業所委員会と使用者との間の書面による合意は、事業所協定と呼ばれ、その内容は直律的かつ強行的な効力を有する(事業所組織法77条2項及び4項)。事業所協定で規制できる事項は限定されており、「賃金及び労働協約によって規制、又は、通常規制されるその他の労働条件」は、事業所協定の対象とはならない(事業所組織法77条3項1文)。ただし、労働協約が事業所協定による規制を明示的に容認している場合を除く(事業所組織法77条3項2文)。この事業所組織法77条3項の遮断効は強力であり、「協約によって…通常規制される」という文言が示すように、協約に拘束されない使用者にも及ぶ。 
このように、事業所組織法77条3項により、協約に開放条項が定められていない限り、賃金・労働時間等協約で定めるべき実質的労働条件に関して、事業所委員会には規制権限が認められていない。<ページのトップへ>

U 集団的労働条件決定システムの分権化?

1.協約からの逃避―産業横断協約(Flachentarifvertrag)の動揺
橋本氏を講師に迎えての勉強会(04.11.12JC本部)
1990年代後半から、協約の労働条件を維持しがたい使用者が、使用者団体から脱退し始めた 。西側の金属産業において、使用者団体に属する企業の割合は、1964年に約65%、1984年に56%、1994年に43%、1998年に35%であり、かかる企業に雇用される労働者の割合は、1984年の約77%を最高に、2000年には63%に減少した 。中小企業の離脱のほかに、新設企業も使用者団体に加盟したがらないという傾向が見られる。
 さらに、最近では、使用者団体は、「協約に拘束されない構成員(OT-Mitglied)」を認め始めた。使用者団体としては、これにより会員料の納入をあてにしつつ、協約の拘束力に多様性を持たせることを意図している。
 
2. 事業所の雇用同盟(Bundnis fur Arbeit im Betrieb)
 近年、使用者と事業所委員会との間で、経営上の理由による解雇を行わない代わりに労働条件の柔軟化に応じるという取り決めが行われるようになってきており(「事業所の雇用同盟」)、1997〜98年の調査では、約30%の事業所に導入されるに至っている 。「事業所の雇用同盟」が存在するのは大規模事業所に多く、従業員1000人以上の事業所で46%、これに対して、従業員20〜50人の事業所では、12%となっている。雇用保障と引き換えに柔軟化される労働条件の内容は多様であるが、もっとも最近の傾向としては、賃金補償を伴わない労働時間の引き上げが、2004年6月末のジーメンスの生産地確保協定 を皮切りに、大企業で次々と締結されている。ワークシェアリングの発想は、急激に消滅してしまった。
「事業所の雇用同盟」の法的問題点は、例えば労働時間の長さという、本来であれば協約の規制対象である労働条件を事業所委員会が処分する点であり、これがどこまで許容されるのかは、数年来、学説上の最大の論点となっている。事業所組織法77条3項2文に基づき、事業所委員会に規制権限を委譲する明示的な開放条項をおく協約も増えていることが指摘される ほかに、IGメタルは、2003年6月の旧東独地域でのいっそうの時短を求めるストライキが歴史的敗北を喫して以降、今後は企業協約の締結を重視していく方針を表明したので、企業協約の重要性が増すことも予想される。
 しかし、現在のところ、企業協約は近年増加しているものの(1990年の約2550に対して、2001年は6802)、あくまでも団体協約が支配的であることには変わらない。約2200万人の労働者が、団体協約の適用を受けるのに対して、企業協約が適用される労働者は、約300〜350万人にすぎない 。また、企業協約の約60%が、使用者団体に属さない使用者が、団体協約と同じ内容を引き受ける承認協約(Anerkennungstarifertrag)である 。
 企業協約が、今後、事業所により近い協約として、集団的労働条件の分権化の手段として発展していくのかどうかは、現時点では消極的な予測にならざるをえない。逆に、むしろ、承認協約の積極的な意義を検討する最近の研究は、産業横断協約の動揺が議論されている中で、労使双方にとって、団体協約の弱体化を防ぐ手段として、承認契約のメリットを主張する 。

3 企業協約締結をめぐる最近の議論
 労働協約法2条1項は、「協約当事者とは、労働組合、個々の使用者並びに使用者の団体である」と定める。この文言に従い、長い間、使用者団体だけではなく、個々の使用者が協約能力を持つことは当然と考えられてきた。すなわち、労働組合と異なり(上記T1(1)を参照)、使用者側については、協約能力の前提である社会的強大性が要求されてこなかった。
 企業協約と団体協約が競合する場合は、ドイツ連邦労働裁判所の判例による協約統一性の原則(一つの事業所に適用される協約は一つであり、それは、空間的、事物的及び人的に事業所に最も近く、かつ、そこで活動する労働者にとって最も妥当な「より専門的な協約」である)によれば、常に企業協約が、より特別な協約として、適用されることになる。
 しかし、産業横断協約を維持しがたい使用者はもっぱら中小企業であることを考慮すると、産別組合の方が使用者よりも力は勝っている。そこで、最近、個々の使用者が協約当事者となることができる場合を、有効な使用者団体が存在しない場合に限定すべきであるという労働協約法2条1項の目的論的合理的限定解釈を主張する学説が登場した 。この見解は、労働協約法2条1項は、使用者団体が存在しないために、協約が締結できないという事態を避けるために、また、個々の使用者が使用者団体に加入しない自由及び脱退する自由を保障するために、個々の使用者にも協約能力を付与したに過ぎないので、使用者団体に属する個々の企業に対して、組合が企業協約締結のためのストを行うことは許容されない、と主張した。しかし、これに対して、連邦労働裁判所は、従来の通説に従い、この新説を退けている。連邦労働裁判所第4小法廷2001年1月24日判決 は、団体協約に基づく賞与請求権を経営困難を理由に放棄する企業協約の有効性が争われた事例において、使用者団体に属する使用者も、団体協約に競合又は補完する企業協約を締結できる、と判示した。さらに、団体協約の有効期間中の企業協約締結のためのストライキの可否が争われた連邦労働裁判所第1小法廷2002年12月10日判決 は、使用者団体に属する企業に対する企業協約の締結を要求するストは、それだけで直ちに違法となるわけではないが、平和義務違反及び目的の違法性を理由に、違法であると判断した。

4 法律上の開放条項の提案
(1) CDU/CSUの立法案

2003年6月18日に野党CDU/CSUが提出した「労働法現代化法案」 では、労働協約法における有利原則の見直しの提案(下記5(2)参照)と並んで、事業所組織法88a条を新設し、事業所委員会又は事業所に雇用される労働者代表が、労働協約と異なる定めを置く雇用に関する協定を締結したときは、かかる協定は、事業所の従業員の3分の2と協約当事者がこれに同意しているときは有効である、という規定を定めることを提案した。

(2)法律上の開放条項の合憲性
 このような法律上の開放条項は、協約自治の原則に抵触するのではないかという憲法上の問題が生じる。
連邦憲法裁判所によれば、協約の締結は、基本法9条3項で保障される団結体の活動の自由の保護範囲に含まれるが、協約当事者には規範設定の独占権が付与されたわけではないので、憲法上正当化される利益があれば、立法者は、相当性審査の枠内で、協約自治を侵害しうる規制を行うことができる。そして、雇用創出措置の一つである構造調整措置に参加している労働者の賃金が、比較可能な活動の協約賃金の80%以下である場合にのみ、当該措置の実施機関に対する補助(当該失業者の失業手当又は失業扶助と同額)が満額支給される、という雇用促進法242s条について、連邦憲法裁判所1999年4月27日判決 は、雇用促進法242s条は、構造調整措置に参加している労働者の賃金に関する協約交渉は侵害しうるものの、限られた財源をできる限り多くの失業者に雇用を提供することを目的とする同条は、公共の福祉に資するものであり、協約自治の侵害を正当化する、と判断した。大量失業対策は、社会国家原理(基本法20条1項)に根拠付けられるほか、さらに、個々の失業者に、労働による人格の発展と自助を助けるものであり、基本法1条1項及び2条1項の目的にも資すのに対して、雇用創出措置に参加する労働者の労働条件は、一般の労働市場と異なり、協約の第一義的な規制対象ではないこと、さらに、本条は2002年までの時限立法であることから、協約自治の侵害の程度は重大ではない、と判断されている。
 この連邦憲法裁判所の判決で考慮された3つの要素(@協約自治の侵害の程度がわずかであること、A期間が限定されていたこと、B第一次労働市場を対象とする規制ではないこと)を考慮すると、法律上の開放条項は、ささいな協約自治の侵害とは言えず、消極的団結の自由も侵害されるので、違憲ではないか、という見解がある 。
 同様に、法定の開放条項が違憲である、と詳細に論じたDieterichは、事業所の雇用同盟のための法定の開放条項の導入は、協約法はすでに十分な手段を認めているのであるから、グローバル化時代におけるより多くの柔軟性の必要という理由だけでは不十分である、と述べる 。協約による最低労働条件がいつでも事業所協定によって引き下げられ、予測不可能な、「よいときだけ」協約が適用されるのであれば、協約の保護機能は失われてしまう、と主張する。協約当事者は、協約交渉の際に、雇用政策上の帰結も考慮しなければならないことは、基本法9条3項から導くことができ、基本法12条1項に基づく職業の自由(使用者の営業の自由及び労働者の職業につく権利)は協約自治に含まれる、と解する。さらに、国家の規制権限は、労働条件及び経済条件の領域では、協約当事者の規制権限を補充するにすぎないのであるから、法定の開放条項はいきすぎであり、違憲である、と述べる。
 これに対して、Hromadkaは、協約自治は、職業の自由に基礎を置くものであり、事業所の雇用同盟のための法定の開放条項は合憲である、と述べる 。
 このように、「事業所の雇用同盟」が、協約自治と職業の自由の二つの基本権に関わる問題であると捉えられ、いずれが優越する権利と解するかで見解が分かれている。

5 有利原則の解釈の見直し−個別的雇用同盟の可能性
(1)個別的雇用同盟の可否が争われた事件

 以上は、労働協約と事業所協定の規制権限の関係であるが、さらに、労働協約と個別労働契約の関係については、個別契約で労働協約よりもより有利な労働条件が定められる場合には、協約と異なる労働条件が許容される(「有利原則」、労働協約法4条3項第2の場合)。協約よりも不利な労働条件は、協約が開放条項でこれを明示的に認めることが必要である(労働協約法4条3項前段)。
 上述したとおり、事業所の雇用同盟を事業所協定で定めることは、協約の開放条項がない場合には許容されないので、開放条項がないときには、統一的契約(事業所委員会との合意後、個々の労働者から同一内容について合意を取り付けるという方式。かかる合意は、あくまで個別契約と解されるので、有利原則の問題となる)として取り決められることになる。
 Viesmann事件 では、1996年に、Viesmann社が、チェコに工場を移転し、Allendorfの工場の従業員を削減しようとした計画を回避するために、事業所委員会と経営者が、経営上の理由による解雇を行わない代わりに、賃金保障を伴わない3時間の週労働時間の延長に合意し、従業員の96.4%がこれに同意したという事案である。これに対して、従業員の約10%を組織するIGメタルが、事業所組織法23条1項に基づき、非組合員の事業所委員14名の解任を訴えた。Marburg労働裁判所は、解任は認めなかったものの、事業所委員の重大な義務違反を認めた。
Burda事件 では、Burda出版社が、400人の人員削減を回避するために、事業所委員会と、5年間の雇用保障と引き換えに、協約と異なる労働時間を統一的契約として合意した事案において、労働組合がその不実施を求めて差止を請求したという事案である。従業員の98.5%が、労働条件の不利益変更に同意した本件において、連邦労働裁判所は、雇用保障と労働時間の延長という、まったく相互に客観的な関連性を欠く条件を比較することは「りんごとなしの比較」にあたり、有利原則の比較の対象とは認められず、許容されない、という判断を行った。
 これらの事件では、ほぼ100%の従業員が、雇用保障と引き換えの労働条件の不利益変更に同意しているにもかかわらず、これを容認しなかった労働裁判所の判断と裁判に訴えた組合の硬直的な態度が大きな注目を集めた。

(2)有利原則の見直し
1999年の著名な「ブルダ決定」に示された、連邦労働裁判所の有利原則の考え方については、これを支持する学説が圧倒的であるが、現在は、有利性の比較に主観的な要素を取り入れるべきだという有力な反論も行われるにようになっている。
 例えば、連邦労働裁判所判事のSchliemannは、契約自治の原則を根拠に、比較の対象となる労働条件が客観的な関連をもつかどうかの判断において、当事者の評価に優先権を認めるべきである、と主張する 。この労働者の評価の優先権は、事後的な司法審査の余地を奪ってしまう、「主観的」な考察方法ではなく、労働協約のどの要素と労働協約のどの要素が対価関係にあるのかは「客観的に」考察されなければならない。そして、この判断において、通常は、労働者個人よりも事業所委員会のほうが、職場が現実に危険であるかどうかをより適切に判断できるので、事業所委員会の見解が、重要な意味を持つ。協約と異なる規制が労働者に有利かどうか争いがある場合には、裁判官が判断することになるが、この場合の重要な判断要素は、雇用を脅かす危険がどの程度差し迫っているのか、そして、これにより被る、労働者の経済的損失はどの程度か、そして、最後に、使用者が約束した雇用保障の内容(同一の賃金額での労働時間の延長、賃金引下げ、あるいは、賃金補償のない労働時間の短縮)、となろう、と述べる。Schliemannは、雇用保障の約束を有利性比較の対象として認めることは、判例法の発展で対応できるので、立法は不要である、という。
 上述したCDU/CSUの労働法現代化法案では、労働協約法の改正も提言されている。それによると、労働協約法4条3項2文以下は、有利性比較において、雇用の見通しを考慮に入れること、従業員の3分の2が同意しており、かつ、かかる合意の有効期間が元の協約の有効期間を超えない場合には、有利であるとみなされるという内容に改正される。

まとめ
 本稿では、ドイツの集団的労働条件決定制度をめぐる最近の動向を紹介した。柔軟な労働条件の決定を阻害し、ドイツ経済の国際競争力の低下をもたらしていると批判されるドイツの産別組合であるが、ジーメンスの生産地確保協定に見られるように、徐々に企業レベルでの労働条件決定を容認していく姿勢を見せている。しかし、他方で、伝統的な協約自治の理念から、強力な存在感をもつ労働組合だけが、労働条件の引き下げ圧力に対して防波堤を築く期待に唯一応えることができることも事実である。ドイツの集団的労働法の動向について、今後も引き続き検討していきたい。
(本稿の内容について詳しくは、拙稿「第2次シュレーダー政権の労働法・社会保険法改革の動向―ハルツ立法、改正解雇制限法及び集団的労働法の最近の展開を中心に―」学習院大学法学会雑誌40巻2号掲載予定(2005年春)をご参照いただければ幸いです。)<ページのトップへ>

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