2004年闘争ミニ白書
−「現場力」を高めて、経済、ものづくりの再生と
勤労者生活の安定を−
2004年2月2日
全日本金属産業労働組合協議会
(IMF−JC/金属労協)
目     次

2004年闘争ミニ白書の発表にあたって 

T.闘争の論点 


1.最近の人件費の動向と労働分配率 
 (1) 不況下における人件費と労働分配率の低下  
 (2) マクロベース(GDPベース)での労働分配率  
 (3) 生産性基準原理を棚上げにした日本経団連  

2.消費の動向と貯蓄率  
 (1) 消費は緩やかな回復基調  
 (2) 耐久消費財に対する支出  
 (3) 貯蓄率の低下  

3.成果主義の現状と問題点 
 (1) 成果主義の導入  
 (2) 成果主義導入に際しての留意点  

4.賃金の国際比較  
 (1) 賃金の国際比較を巡って  
 (2) 金属労協の主張を事実上認めた2004年版経労委報告  
 (3) 実労働時間あたりの人件費  
 (4) 付加価値あたり人件費の国際比較 

5.労働時間管理とエグゼンプト  
 (1) 成果主義、裁量労働制と労働時間管理  
 (2) アメリカにおけるエグゼンプト制度の動向 

6.多様な雇用形態 
 (1) 多様な雇用形態と均等処遇  
 (2) ものづくり産業と多様な雇用形態  
 (3) 日本では、諸外国に比べて正社員以外の雇用形態の比率が多くなっている 
7.JCミニマムと産業別最賃  
 (1) JCミニマム運動  
 (2) 法定産業別最低賃金の意義と役割  

8.60歳以降の就労確保  

9.仕事と家庭の両立支援−次世代育成支援対策推進法への対応  

10.適正な成果配分で「現場力」の強化を 
 (1) 現場力を低下させる日本経団連の方針 
 (2) 定期昇給制度とベースアップ 
 (3) 春闘終焉論について

U.経済情勢

1.実体経済の動向 
 (1) GDPの動向
 (2) 景気指標の動向
 (3) 貿易の動向

2.物価の動向

3.雇用の動向

4.金融政策と為替
 (1) 金融政策の動向とわが国経済
 (2) 為替相場




2004年闘争ミニ白書の発表にあたって

 金属労協は昨年11月末、第46回協議委員会において、2004年闘争に臨む金属労協の方針として「2004年闘争の推進」を決定、これに基づいて、JC各産別はそれぞれ取り組みを進めつつあります。
この「2004年闘争ミニ白書」は、それ以降の経済動向、ならびに経営側の反応などを踏まえ、企連・単組における団体交渉に向けた基礎資料として作成したものです。
わが国経済は、緩やかな景気回復基調をたどっています。そうした状況のなかで、国際競争に勝ち抜いていくためには、企業で働く「人」を重視し、勤労者の持つ高度な技術・技能をさらに継承・育成し、現場が蓄積した情報や知恵、ノウハウなどを活用していくことによって、ものづくり産業の国内生産基盤を維持し、強化していく以外にはないという認識が、労働組合はもちろん、経営者のみなさん、政府、マスコミなどにおきましても、広がりを見せてきたところであります。
しかしながらそうしたなかにあっても、日本経団連の「経営労働政策委員会報告」は、人件費の引き下げ・変動費化への主張をさらに強め、定昇廃止、ベースダウンなどを主張しています。こうした主張は、働く人のモチベーションを萎えさせるとともに、いわゆるアングロサクソン・モデルの経営への指向を助長するところともなっています。
われわれは、こうした経労委報告の主張が、わが国の産業経済の進路を誤らせるものであり、また勤労者から生活の安心・安定を奪うという点で、多くの良識ある経営者のみなさんの気持ちとは異なるものであろうと考えます。長期安定雇用を基本に現場の力を重視する経営は、洋の東西を問わずエクセレント・カンパニーに共通する考え方であります。われわれは、経労委報告の誤りは誤りとして、認識の違いは違いとして、明確に主張していかなければなりません。
このミニ白書は、実際に団体交渉のための資料づくりにあたられる、企連・単組の書記長あるいは調査部長、賃金対策部長といったみなさんを念頭において作成しています。若干技術的な部分も含まれていますが、ご一読のうえ、それぞれの状況に応じてご活用いただきますよう、お願い申し上げます。
昨年のミニ白書において、2003年闘争は長期安定雇用に裏づけられた高度熟練の技術・技能の蓄積と発揮によって国際競争力の確保を図るのか、あるいは低賃金・低生産性を甘受するのか、まさにこの国の「ものづくりのかたち」を問う取り組みとなる、と主張しました。世の中の流れは、まさにわれわれの考える前者の方向に変化してきています。「現場力」を高めて、わが国経済の再生とものづくり産業の復権を、そしてそこに働くわれわれ勤労者の生活基盤の安定をめざし、ともにがんばりましょう。

2004年2月2日
全日本金属産業労働組合協議会
   (IMF−JC)
                        事務局長 團 野 久 茂
       

T.闘 争 の 論 点


1.最近の人件費の動向と労働分配率

(1) 不況下における人件費と労働分配率の低下

@根拠のない、不況期における賃金の下方硬直性と労働分配率の上昇
 日本経団連が2003年12月に発表した「2004年版経営労働政策委員会報告」では、付加価値生産性と人件費の関係、すなわち労働分配率に関して、
○持続的に物価水準が下がるデフレ下では、(中略)労働の対価である賃金について、従来以上に付加価値生産性(従業員1人当たりが生み出した付加価値)に準拠しての総額人件費管理を徹底していく必要がある。(P.43)
○人件費の総額が変わらないとしても、付加価値が減少すれば、労働分配率は上昇する。(中略)付加価値が増加しないなかでの労働分配率の上昇は、企業の体力を弱め、企業の存続さえ危うくさせる。(P.43)
○デフレ下においても決定的に重要となるのは、売上が落ちても付加価値が減らない経営である。外部購入の原材料コストなどの引き下げや生産性向上等々の労使の努力によって付加価値を維持・向上できなければ、人件費も減らさざるをえない。(P.44)
○労使に求められるのは、労働分配率の適切な管理、すなわち付加価値生産性の上昇率の範囲内に人件費の上昇率を抑えることであり、それができなければ労働分配率の上昇を抑えることはできない。(P.44)
○付加価値生産性の上昇率がマイナスになれば、人件費を減らすという覚悟で賃金決定を行なう姿勢が必要である。(P.44)
○デフレ下においては、他の商品やサービスに比べて賃金水準だけが変化しないという賃金の下方硬直性がより顕著に表われ、これの雇用に与える影響が懸念される。(P.45)
などと主張しています。
経労委報告のなかでは、なんら具体的なデータを示さず、現状分析をすることなしに、ひたすら「賃金の下方硬直性」による「労働分配率の上昇」を懸念しているのが特徴です。図表13として「主要国の単位労働コスト(全産業、製造業)」というグラフが掲載されています(P.45)が、これも、「賃金の下方硬直性」や「労働分配率の上昇」を示すものではありません。
 また注意すべきなのは、「付加価値生産性の上昇率がマイナスになれば、人件費を減らす」という表現です。うっかりすると、「付加価値生産性の上昇率が鈍化したら」という意味に錯覚してしまいそうですが、これは明らかに、
「付加価値生産性の上昇率がマイナスになれば」
=「付加価値生産性の上昇率がマイナスの符号になったら」
=「付加価値生産性が低下したら」
という意味です。付加価値生産性が上昇しているのに、上昇率が鈍化しただけで、「賃下げ」が提案されることのないように、十分な注意が必要です。
 日本経団連が賃金改定交渉における、個別企業経営者向けのマニュアルとして作成している「2004年版春季労使交渉の手引き」では、労働分配率の動きについて、一応データを示して言及していますが、
○製造業における資本金1億円以上の大企業の推移をみてみると、過去12年間のうち6年間で1人当たり総額人件費の伸び率が付加価値生産性の伸び率を上回っている。すなわち労働分配率が上昇していることになる。(P.58)
と指摘しているだけです。12年間のうち6年間で労働分配率が上昇していたとしても、残りの6年間は低下しているわけです。「手引き」に掲載されているグラフで見ても、94年度以降については9年間のうち6年間で労働分配率が低下しています。金属労協が算出したミクロベース(企業収益ベース)の労働分配率(製造業)でも、2002年度は最近5年間のうちで2番目に低い水準となっています。(図表1)

 2003年12月に発表された日銀「短観」でも、製造業(全国・規模計)の人件費は、98年度から2003年度実績見込みまで、6年連続で前年を下回って推移しています。このため売上高人件費比率も、98年度には15.08%であったのが、2003年度実績見込みでは13.55%と、5年間で1.53ポイントも低下しています。一方で、売上高営業利益率は同じ5年間で2.86%から4.36%へ1.50ポイント上昇しており、ちょうど人件費の削減分が、そのまま営業利益になっていることになります。
 ただし金属産業では、この間の売上高人件費比率の低下幅は1.44ポイントとなっており、製造業全体とあまり変わりませんが、売上高営業利益率は1.98ポイントの上昇となっており、人件費の削減以外でも利益を上げていることがわかります。(図表2)

A日本では、賃金はもともと柔軟で、さらに変動費化が進んでいる
 労働分配率は、本来ならば日本経団連が主張するとおり、賃金の下方硬直性によって不況期には上昇するはずのものです。アメリカでは、Truman F. Bewley (エール大学教授)の“WHY WAGES DON`T FALL DURING A RECESSION” (不況の間になぜ賃金が下がらないのか)という権威ある著作があります。(1999年、ハーバード大学出版)
 しかしながら日本では従来から、
○賃金改定の交渉を毎年行っているところが多い。
○所定外賃金の比率が高い。
○一時金の比率が高い。
ことにより、人件費の下方硬直性が乏しく、柔軟なものでした。加えて最近では、
○賃金・処遇制度の見直しにより、人件費の抑制・引き下げが実施されてきた。
○正社員以外の雇用の比率が増大している。
ことにより、人件費の変動費化はますます進んでいます。少なくとも後述するマクロベース(GDPベース)の労働分配率で見れば、日本では、「賃金の下方硬直性」、「不況期の労働分配率の上昇」は幻想にすぎません。
アメリカのように,人件費が下方硬直性を持っていて、不況期に労働分配率が上昇するということは、不況でも個人消費がそれほど落ち込まないということを意味し、個人消費が経済のビルト・イン・スタビライザー(自動安定化装置)の役目を果たして、景気底割れを防ぐ効果があります。
残念ながらわが国の人件費は、不況期に下方硬直性を持っておらず、変動費化=柔軟化はますます進んでいます。人件費の変動費化は、個別企業の経営者にとっては、経営を楽にすることになりますが、そのつけは、すべて勤労者生活とマクロ経済にしわ寄せされているのだということを忘れてはなりません。<ページのトップへ>



(2) マクロベース(GDPベース)での労働分配率

@日本経団連はマクロベース(GDPベース)の労働分配率を示さず

 昨年(2003年版)の経労委報告では、「雇用者所得(ママ)(JC注:雇用者報酬のこと)÷国民所得」という定義の労働分配率の推移をグラフで示し(P.58)、「企業の付加価値に占める人件費の割合=労働分配率も上昇して」いると主張していました。(P.57)
 金属労協は、これに対して2003年2月、日本経団連に対する公開質問状を公表し、
○日本経団連が根拠としている「雇用者報酬÷国民所得」というデータは、分母に自営業者が産み出した付加価値を含んでいるので、先進国としては自営業者の比率が大きく、廃業が進む(自営業者が雇用者化する)過程にあるわが国では、上昇する傾向を持っている。従って、この労働分配率が上昇しているからといって、「企業経営を圧迫している」とはいえない。
○「雇用者報酬÷国民所得」では、分母に減価償却が含まれていないのでこれも上昇傾向をもつことになる。(分子の雇用者報酬には、雇用者の減価償却(=子供の養育費)が含まれているのだから、分母にも減価償却が含まれてしかるべきとの趣旨)
などと指摘しました。
 これに対して日本経団連は、2003年4月、「全日本金属産業労働組合協議会の質問状に関する見解」を発表しましたが、ここでは、「使用しているデータのとり方は、従来から一貫した考えのもとで行っている」との見解を示すに止まりました。また、6月に行った金属労協と日本経団連の事務レベルの意見交換でも、日本経団連の使用している労働分配率は、内閣府でも使用している、よく使われるデータである、との見解を示すだけでした。
 日本経団連が使用している労働分配率が、付加価値の勤労者への配分の度合いを示す指標として適正かどうかが問題となっているのに対し、「従来から使っている」「よく使われている」では、回答にならないのは明らかでした。こうした経緯を経て、今回「2004年版経労委報告」、そして「2004年版春季労使交渉の手引き」においても、日本経団連は「雇用者報酬÷国民所得」という労働分配率を掲載しない、という対応をとったわけであります。(ただし『手引き』後段の統計資料としては掲載)
 しかしながらこれは、金属労協の主張を受け入れたというよりは、むしろ、
○最新のデータでは、日本経団連が使っていた「雇用者報酬÷国民所得」という労働分配率ですら、低下してしまった。
○「春闘はすでに終焉した」として、日本経団連が従来、賃金改定のマクロ的な目安としていた「生産性基準原理」を表立って掲げていない以上、マクロベースの労働分配率を示すことは意味がない。
という判断によるのではないか、と推測されます。
 日本経団連が使用していた「雇用者報酬÷国民所得」という労働分配率は、2001年度には73.9%でしたが、2002年度には73.0%に低下しています。73.0%という数値は、最近5年間で2番目に低い水準です。経労委報告のなかで「労働分配率の上昇」の懸念を再三にわたって書いているなかで、そのようなデータを大々的に掲載することはできないわけです。
 いずれにしても、本来上昇傾向を持っているはずの労働分配率ですら低下している、ということは、日本経済にとってきわめて危機的な状況であるといえます。

Aマクロベース(GDPベース)の労働分配率は既往最低水準
金属労協では従来より、勤労者への付加価値の配分の度合いを評価するための指標として、
○自営業者が雇用者化する影響を受けない。
○分母の付加価値に減価償却(固定資本減耗)も含まれている。
というふたつの条件をクリアする、
雇用者1人あたり名目雇用者報酬÷就業者1人あたり名目GDP
という労働分配率を用いています。この労働分配率の推移を見ると、93年度には67.2%だったのが、その後ほぼ一貫して低下傾向をたどり、2002年度には63.1%に低下、統計開始以来の最低水準となっています。日本経団連の懸念する「賃金の下方硬直性」「不況期の労働分配率の上昇」が幻想であることが明らかとなっています。(図表3)
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(3) 生産性基準原理を棚上げにした日本経団連

@デフレ下で脇におかれた生産性基準原理

 「2004年版経労委報告」では、日本経団連が70年以来、賃金改定交渉における経営側のマクロ的な目安としていた「生産性基準原理」を掲げていません。
 「生産性基準原理」とは、1人あたりの人件費の上昇率(注:定昇は基本的には内転源資なので、これに含まれない)、マクロベースでいうと、雇用者1人あたり名目雇用者報酬増加率を、中長期的に国全体の実質国内経済生産性上昇率、すなわち「就業者1人あたり実質GDP成長率」に見合ったものにするという考え方であります。

   雇用者1人あたり名目雇用者報酬増加率=就業者1人あたり実質GDP成長率

ということになります。
 前述のように、マクロベースの労働分配率を,

   雇用者1人あたり名目雇用者報酬÷就業者1人あたり名目GDP

とすると、生産性基準原理では、分子は「就業者1人あたり実質GDP成長率」に見合って変化し、分母の変化は「就業者1人あたり名目GDP成長率」となります。
分子 雇用者1人あたり名目雇用者報酬 就業者1人あたり実質GDP成長率で変化

分母 就業者1人あたり名目GDP 就業者1人あたり名目GDP成長率で変化

 このため物価が上昇している(インフレ)場合には、

   分子の増加率 < 分母の増加率

となって、労働分配率が低下します。生産性基準原理は、インフレの時には、「労働分配率低下原理」として作用します。
 一方、物価が低下している(デフレ)場合には、名目成長率が一定であれば、物価が下がれば下がるほど、賃上げ率が高くなるということになってしまいます。
例えば政府経済見通しの2003年度実績見込みでは、
    実質GDP成長率=2.0%
    就業者増加率=-0.1%
  ∴ 就業者1人あたり実質GDP成長率=2.1%

ということになります。生産性基準原理に従えば、2003年度には2.1%のベア(定昇を除く)ということになりますが、そういう企業はなかなかないわけで、デフレの下では、生産性基準原理は経営側にとって用無し、むしろ有害というわけです。

A日本経団連は生産性基準原理を完全に放棄すべき
インフレの時には、労働分配率を引き下げてインフレのつけをすべて勤労者に押しつけ、デフレの時には機能しないような「生産性基準原理」は、そもそも「原理」などというに値しない、日本経団連のご都合主義そのものといえるでしょう。今回、経労委報告では一切言及していませんが、「2004年版春季労使交渉の手引き」では、引き続き掲載されています(P.60)ので、インフレになったら、もう一度使おうということでしょうが、日本経団連が本当に「春闘はすでに終焉した」と思っているならば、まず「生産性基準原理」から完全に終焉とすべきでしょう。
 本来はマクロ的には、好況でも不況でも、インフレでもデフレでも、労働分配率を一定に保つような考え方、すなわち、
   雇用者1人あたり名目雇用者報酬増加率=就業者1人あたり名目GDP成長率
とする逆生産性基準原理(=付加価値生産性基準原理)に則した人件費決定が、望ましいといえます。<ページのトップへ>

2.消費の動向と貯蓄率

(1) 消費は緩やかな回復基調

 総務省・家計調査によって全国・勤労者世帯の状況を見てみると、消費支出の名目増加率は、2002年10〜12月期以降、前年比2〜3%のマイナスで推移していましたが、2003年10〜12月期には、△0.2%にマイナス幅が縮小しました。
 実収入が、2003年1〜3月期に前年比△5.9%という大幅なマイナスを記録していたのが、その後、期を追ってマイナス幅が縮小し、10〜12月期には△0.8%に改善しているという、所得環境の改善が、大きく寄与しているものと考えられます。(図表4)

 日本経団連も「2004年版春季労使交渉の手引き」のなかで、
○消費を喚起し企業の売上を伸ばすことが本格的な設備投資の回復のためには必要であり、現在の回復基調が今後どうなっていくかは消費の動向が鍵を握るといえよう。(P.23)
と指摘しています。経営側はせっかく盛り上がった消費意欲を、少なくとも冷やさないような、対応をとっていくことが不可欠となっています。
 なお、経産省の商業販売統計でも、小売業販売額の増加率は、2003年4〜6月期に前年比△2.6%だったのが、7〜9月期△2.3%、10〜12月期△1.0%とマイナス幅が縮小傾向となっています。
 とりわけ自動車小売業は、2003年年央に一時前年割れとなっていましたが、9月以降はプラスに転じ、12月には9.4%増となっています。
 大型小売店販売額(既存店)は、依然厳しい状況が続いていますが、それでも2003年7〜9月期に前年比△4.2%であったのが、10〜12月期には△3.2%に、マイナス幅がやや縮小しています。(図表5)


(2) 耐久消費財に対する支出

 総務省・家計調査の勤労者・総世帯(単身世帯も含む)について、耐久消費財に対する支出(名目)の状況を見てみると、2002年10〜12月期、2003年1〜3月期には前年比9%台の大きなマイナスとなっていましたが、その後は4〜6月期に6.1%増、7〜9月期に9.7%増と大幅な増加が続いています。
 2003年度上半期(4〜9月期)について、耐久消費財に対する支出が可処分所得に占める割合を、年収五分位階級別に算出すると、最も年収の少ない第1五分位では3.5%、次に少ない第2五分位も3.5%なのに対し、第3五分位では5.4%、第4五分位4.7%、第5五分位4.4%となっており、年収の高いほうで耐久消費財に対する支出の割合が高い状況にあります。(図表6)

 平均消費性向(消費支出の可処分所得に占める割合)は所得の低い世帯が高く、所得の高い世帯が低くなる傾向にありますが、耐久消費財に対する支出の割合は、概して高所得者層のほうが高い傾向にあります。2003年度上半期は、その傾向がとくにはっきり出てきているといえます。
 いま薄型テレビや、DVDレコーダー、サイクロン掃除機、乾燥洗濯機、タンクなし水洗トイレなど、高機能・高品質の新製品が続々と発売され、消費者の購買意欲は従来になく高まっています。高所得者層において耐久消費財支出の比率が高くなっているのは、そうした購買意欲を反映しているものと考えられますが、もちろん購買意欲は高所得者層に限られるものではなく、所得が比較的少ない世帯においても、所得が伸びれば、こうした耐久消費財に対する需要が、ますます広がりを持って行くことが期待されます。<ページのトップへ>

(3) 貯蓄率の低下

@所得のマイナスの分、貯蓄が減少している

 近年、マクロベース(GDPベース)で見た家計貯蓄率の低下が著しい状況にあります。所得がマイナスになっているため、所得のマイナスの分、貯蓄を減らしていることが貯蓄率低下の原因です(分母の所得と分子の貯蓄が同額で減れば、貯蓄率は低下します)。本来、貯蓄は投資の源であり、わが国経済の潜在成長力に重大な影響を与えるものです。貯蓄率の低下は、わが国の長期的な発展にとって、きわめて憂慮すべき事態といわざるをえません。
 わが国のGDPベースの家計貯蓄率(家計貯蓄÷家計可処分所得)は、97年度には11.1%であったのが、以降、低下傾向をたどり、2002年度には6.2%と半分近くにまで低下しています。98年度以降の家計貯蓄と家計可処分所得の金額を見てみると、99年度を除く4年間において、家計貯蓄の減少額が、家計可処分所得の減少額とほぼ見合ったものとなっています。家計可処分所得の減少が家計貯蓄の減少、そして家計貯蓄率の低下をもたらしたことは明らかです。
(図表7)


UFJ総合研究所は、2003年11月に発表したレポートのなかで、
○企業が雇用調整手段として、賃金の削減や希望退職者の募集・解雇といった所得の減少を伴うリストラを、中高年を中心に行っているため、すでに貯蓄の取り崩しを始めざるを得なくなった世帯の割合が高まり、定年後に必要な生活資金の確保が難しくなっている。
○15〜24歳の若年層では新卒採用の抑制によって失業率が急上昇、パート・アルバイト労働者や、働く意志はあるものの無職といった不安定な雇用環境下にあるフリーターの増加と相まってすでに貯蓄水準を低下させている。若年層における所得格差の拡大や資産形成の遅れは、本人が困るだけでなく、わが国の経済活力を大きく阻害する恐れがある。フリーターが途中から正社員としての職を得るのは難しいため、若年層における所得格差拡大や資産形成の遅れは近い将来、中年層にも広がるだろう。
と指摘しています。

A家計は貯蓄が減少、企業は貯蓄超過に
 通常の場合、家計は貯蓄超過(投資よりも貯蓄が多い)、企業は投資超過(貯蓄よりも投資が多い)になるのが普通です。マクロ経済のうえでは、

   家計の貯蓄超過−企業の投資超過=財政赤字+貿易黒字

という関係にあります。ところが今回の不況では、企業も貯蓄超過となってしまいました。98年度にGDPの統計開始以来初めて、非金融法人企業が貯蓄超過に陥り、99、2000年度はかろうじて投資超過に戻ったものの、2001年度には再び貯蓄超過に転じ、2002年度には家計の貯蓄超過(11.2兆円)を上回る、17.4兆円という貯蓄超過を記録しています。(図表8)

図表9は、一般的なマクロ経済学の教科書に載っている経済のフロー循環の図です。企業は賃金や配当のかたちで、家計に所得を支払います。家計は所得を消費や貯蓄にまわします。家計の貯蓄が資本市場を通じて企業にわたり、企業はその資金で投資してビジネスを行い、産み出した付加価値を、再び賃金や配当のかたちで家計に所得として支払います。
こうした流れが通常のフロー循環であるわけですが、企業が貯蓄超過になってしまっているということは、そこで資金の流れが詰まっているということを意味します。その原因の一部には、資本市場の機能が弱っているということがあるかもしれませんが、企業が貯蓄超過である以上、企業の手許に資金はあるわけで、資本市場の機能不全が投資できない理由にはなりません。企業が手許の資金で投資するか、家計に所得として回すか、恐らくその両方を行えば、経済のフロー循環は正常化するはずです。そうすれば資産価格も上昇し、金融機関の持つ不良債権も縮小して、資本市場も正常な状態に近づくことになります。
図表9 経済のフロー循環

資料出所:R.J.ゴードン「現代マクロエコノミックス」多賀出版、1997年
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3.成果主義の現状と問題点

(1) 成果主義の導入

@成果主義導入の状況

 近年、いわゆる成果主義の導入が急速に進んでおり、技能職についても、これを導入したり、定昇制度を廃止したりする例が見られます。
 日本労働研究機構(現・労働政策研究・研修機構)が2003年1月に実施した「企業の人事戦略と労働者の就業意識に関する調査」によれば、「賃金制度の変更を考えている企業割合」は72.7%に達し、その具体的な内容(複数回答)では、「昇給・昇格を能力主義的に運用する」が67.9%、「個人業績をボーナスに反映させる」が54.6%、「基本給の職能給的要素を増やす」が44.5%、などとなっています。(図表10)


毎日新聞が2004年1月に発表した主要企業112社に対するアンケート調査では、定期昇給を全社員について廃止した企業が31.6%、若手を除き廃止したのが14.3%、廃止を検討中が20.4%となっています。
 「2004年版経労委報告」において、日本経団連は、
○年功型賃金は相対的に中高年層の賃金水準を高め、円滑な労働移動の妨げともなっている。多様な人材を活かし、労働者のモチベーションを高め、生産性を向上させていくためには、年齢・勤続年数などの属人的要素による弊害を排除し、能力・成果・貢献度などに応じた賃金制度に切り替えていくべきである。(P.61)
と主張しています。しかしながら、現在導入が進んでいる、いわゆる成果主義が「労働者のモチベーションを高め、生産性を向上させていく」効果を持つものかどうかは、かなり疑問といわざるをえません。

A成果をより多く発揮している人達も賃金は頭打ち
 厚生労働省の賃金センサスにおいて、製造業、男子、大卒、管理・事務・技術の標準労働者(25歳、30歳、35歳、40歳、45歳、50歳、55歳)の所定内給与について、第9十分位(対象者すべてを金額の順に並べて、上から10分の1のところに位置する者)の金額を、98年以降、その推移を見てみると、35歳と45歳については、多少増加傾向が見られるものの、その他の年齢については、横ばいか、減少傾向を示しています。25歳の所定内給与は、98年には26.9万円だったのが、2002年には26.6万円、30歳は35.8万円が33.9万円、40歳は65.1万円が59.6万円、50歳は78.1万円が76.3万円、55歳は83.2万円が81.7万円という具合に、それぞれ低下しています。(図表11)

この傾向は大企業(従業員1,000人以上)だけをとって見てもほぼ同様ですから、第9十分位という、賃金が比較的高い勤労者の賃金が頭打ちになっているということは、いわゆる成果主義が進んだこの間、成果をより多く発揮している勤労者の人達ですら、賃金水準が頭打ちになっていることを示している可能性が強いといえます。
いわゆる「成果主義」が「成果主義」という名の下に行われた単なる賃金削減策となっていないかどうか、企業内におけるチェックが不可欠といえます。
内閣府が行った「デフレ下の日本企業」というアンケート調査によれば、企業に人件費の圧縮方法を質問する(複数回答)と、第1位は「新規採用の縮減、凍結」の62.8%ですが、第2位は「給与体系の見直し」が58.5%で続いています。(図表12)

日本経団連は、成果主義を「労働者のモチベーションを高め、生産性を向上させていく」ものと主張していますが、成果をより多く発揮している勤労者の人達ですら賃金が頭打ちになっていれば、どうして「労働者のモチベーションを高め、生産性を向上させていく」ことができるでしょう。社内でごく一部の人たちが例外的に高い賃金を得ていたとしても、従業員全体のモチベーションが高まらなければ、企業全体の業績を高めていくことはできません。

「平成15年版国民生活白書」でも、
○日本的雇用慣行の見直しも、若年がやる気を失う原因の1つだ。中高年のリストラを目の当たりにし、基本給やボーナスの引き下げを経験した若年は、サービス残業をし、休日返上で働いても、昇給や昇進、雇用が保障されているわけではないことを知っている。会社の上司は「若いときの苦労は買ってでもしろ」という。確かに、一生懸命地道に働けば、将来、それなりの地位や収入が得られるという希望があった時代であれば、若いうちは給料が安くても下積みの苦労に耐えようと思うであろう。しかし、いまどきの若年は時代が変わったことを知っているのだ。そんな若年が下積みの苦労を厭うようになったとしても無理はない。
と指摘しています。<ページのトップへ>

(2) 成果主義導入に際しての留意点

@成果主義導入で指摘される問題点

日本労働研究機構が2003年1月に行った「企業の人事戦略と労働者の就業意識に関する調査」によれば、正社員の67.2%が、成果主義的な賃金体系について、「賛成だが不安」もしくは「反対」と回答しており、その理由(複数回答)としては、「上司や管理者が正しく評価するかわからない」が79.0%、「仕事によっては能力が発揮しにくい」が51.0%などとなっています。
(図表13)

2002年の厚生労働省「雇用管理調査」でも、人事考課制度について、88.8%の企業が「制度・運営上の問題点がある」としており、具体的には(複数回答)、「質の異なる仕事をする者への評価が難しい」が51.7%、「考課者訓練が不十分である」が49.4%、「考課基準が不明確又は統一が難しい」が42.8%などとなっています。(図表14)

玄田有史氏(現・東大助教授)は、社会経済生産性本部が実施したアンケート調査をもとに、成果主義的賃金制度が大企業ホワイトカラーの働く意欲に対してどのような変化を生んでいるかについて、
○最も労働意欲の上がる確率が高いのは、成果主義は導入せずに仕事条件の整備(仕事内容の明確化と裁量範囲の見直し)を行った職場である。
○労働意欲の向上確率が最も低いのは、成果主義だけを導入し、仕事条件は変わっていない職場である。
○成果主義という「箱」だけを用意しても、仕事の中身やあり方が変わらなければ労働意欲は高まらない。
と分析しています(日本経済新聞99年12月30日)。

A成果主義見直しの動き
いわゆる成果主義を先駆けて取り入れた企業では、
○習熟を反映した部分を復活させる。
○仕事への意欲、プロセス、自主性や自発的な目標に対する成果、意欲的な目標に向けての努力などを評価項目に加える。
○チームワーク、組織活性化への貢献、人材育成などの評価項目の比重を高める。
○会社の基本方針やCSR(企業の社会的責任)に対する実践度を評価する。
などの見直しを進めています。しかしながら一方では、こうした見直しは客観的な評価のむずかしい部分が増えてくることを意味しており、この点でも労働組合のチェックがますます重要となっています。
 

B制度設計の基本
 賃金・処遇制度の見直しにあたっては、制度設計および運用基準の決定、苦情処理を含む制度運用などに、労働組合が積極的に関与し、透明で納得性の高い賃金・処遇制度を構築することがまず基本です。そして、それぞれの産業・業種の特性に応じて、勤労者のモラールを高め、労働意欲の向上と仕事や能力発揮が適正に評価され、かつ公正さが確保される賃金・処遇制度の確立を基本としていかなければなりません。
 具体的には、
○制度設計・運用基準が明確であり、賃金決定基準が確立した制度とすること。
○評価制度の透明性・納得性・公正性が確保されていること。
○日常のチェック機能および苦情処理機能が充実していること。
○勤労者にとって必要な生計費が最低限確保された制度とすること。
○すべての組合員がJCミニマム35歳210,000円を確保すること。
○単なる総額人件費削減を目的とした制度設計とならないよう、労働組合として総源資管理に留意すること。
などが不可欠な要件です。<ページのトップへ>

4.賃金の国際比較

(1) 賃金の国際比較を巡って


 金属労協が2003年に行った日本経団連に対する公開質問状では、労働分配率とともに賃金の国際比較が大きな争点となりました。「2003年版経労委報告」において日本経団連は、わが国の賃金水準が「先進諸国のなかでもトップレベル」(P.57)と主張していましたが、金属労協は、
○日本経団連が根拠としているデータは、日本の「実労働時間あたり賃金」と米独の「支払対象時間あたり賃金」を比較したもので、「実労働時間あたり」に揃え、しかも法定内外の福利厚生費を含めた「実労働時間あたり人件費」で比較すれば、日本の賃金水準は先進諸国で中位にすぎないのではないか。
と指摘しました。
 「支払対象時間あたり賃金」というのは、大雑把にいえば、所定労働時間と所定外労働時間を足したもので、所定内実労働時間と所定外労働時間の和である「実労働時間」との違いは、「支払対象時間」には「年次有給休暇の取得分」が含まれており、数値が大きくなるということです。「時間あたり賃金」は支給された賃金を労働時間で割って算出するので、「支払対象時間あたり賃金」は、「実労働時間あたり賃金」に比べて分母が大きくなり、結果として賃金は低く算出されてしまいます。ドイツのような国は年次有給休暇が長いので、その影響はきわめて大きくなります。(コラム参照)
支払対象時間あたり賃金と実労働時間あたり賃金
「支払対象時間」とは、日本的な表現をすれば、おおむね
所定労働時間−無給欠勤時間+超過労働時間
のことである。支給される賃金総額は、
{時間給×(所定労働時間−無給欠勤時間)}+(割増賃金×超過労働時間)+一時金
となる。この総額を、
支払対象時間=所定労働時間−無給欠勤時間+超過労働時間
で割ったものが「支払対象時間あたり賃金」である。
一方、支給総額を、
実労働時間=所定労働時間−無給欠勤時間−有給休暇取得分+超過労働時間
で割れば、「実労働時間あたり賃金」ということになる。
すなわち、「支払対象時間あたり賃金」は、「実労働時間あたり賃金」に比べて、分母が「有給休暇取得分」だけ大きくなるので、金額が低くなってしまう。

 金属労協の公開質問状に対する日本経団連の見解は、前述のとおり、「データのとり方は、従来から一貫した考えのもとで行っている」というもので、これまで一貫して、日本と米独で定義の異なるデータを使用し、比較してきたことを改めて認めているにすぎませんでした。6月に行った金属労協と日本経団連の意見交換では、日本経団連事務局から、「統計データは(支払対象時間あたり賃金を実労働時間あたり賃金に換算するような)加工はしないことにしている」との見解が示されました。定義の異なるデータは、定義を同じに加工しなければ、比較の対象とならないことは明らかです。そもそも日本経団連が使用している日本の製造業・生産労働者の賃金水準のデータは、「毎月勤労統計調査、賃金構造基本統計調査をもとに日本経団連にて推計」したものですから、「加工しないことにしている」という説明は明らかに誤りで、経労委報告は都合のよいデータを都合よく組み合わせて、並べているにすぎません。

(2) 金属労協の主張を事実上認めた2004年版経労委報告

 「2004年版経労委報告」では、従来同様の、日本は実労働時間あたり賃金、米独は支払対象時間あたり賃金を並べた表を引き続き掲載(図表19 P.62)していますが、「各国ごとに統計の取り方が異なるため、厳密な比較は困難である」という注釈が新たに加えられました。また本文では、従来の「先進諸国のなかでもトップレベル」という表現から、「世界のトップレベル」に改められました(P.60)。これは、
○日本の「実労働時間あたり賃金」と米独の「支払対象時間あたり賃金」とを並べて比較することができないこと。
○日本の賃金水準は、相撲でいえば関脇・小結レベルであり、相撲界全体では「トップレベル」に位置するとしても、幕内だけで比べれば「トップレベル」とはいえないこと。
を事実上認めたものといえます。
 なお、「2004年版春季労使交渉の手引き」では、同じ賃金の国際比較の表(P.17)で、「各国ごとに統計の取り方が異なるため、厳密な比較は困難である」という注釈がつけられていません。労働組合も注目している経労委報告では、一応対応するものの、主に経営者が労使交渉のマニュアルとして活用する「手引き」では、注釈をつけないでおくというのは、疑問の残る対応です。労使交渉において、経営側が賃金の国際比較について言及してきた場合には、この点について、十分に説明しておく必要があります。<ページのトップへ>

(3) 実労働時間あたりの人件費

 日本経団連が示している賃金の国際比較のデータに基づいて、
○実労働時間あたりに揃える。
○賃金だけでなく、法定内外の福利厚生費も加えた時間あたり人件費で揃える。

という加工を行うと、日本を100として、アメリカは116.5、ドイツは115.3ということになります。(図表15)

一般的に「日本は福利厚生費の割合が高いのでは」という思い込みがありますが、日本は主要先進国のなかで、社会保障関係の費用や教育訓練費の比率が低いために、米独に比べて賃金(現金給与総額)に対する賃金以外の福利厚生費の比率が低いことに留意しなくてはなりません。(図表16)

なお、「2004年版春季労使交渉の手引き」では、
○「所定内給与が1万円ふえると、約1万7000円の総額人件費の増加を招く。(P.58)
と指摘していますが、この7,000円のなかには、福利厚生費だけでなく、一時金や所定外賃金も含まれるわけで、日本では、所定内賃金に対して、一時金や所定外賃金の比率が高い以上、あたり前のことです。例えば一時金を月例の所定内賃金に繰り入れれば、1万7,000円は大きく低下します。あたり前のことを、さも問題であるかのように書きたてるのは、これもまたフェアとはいえません。
 また、ILOで発行しているKILM(KEY INDICATORS OF THE LABOUR MARKET)という資料では、製造業・生産労働者の「実労働時間あたり人件費」を比較していますが、これによると、日本が19.59ドルであるのに対し、ノルウェー23.13ドル、ドイツ22.86ドル、デンマーク21.98ドル、スイス21.84ドル、ベルギー21.04ドル、アメリカ20.32ドル、フィンランド19.94ドルなどとなっています。少なくとも先進国のなかでは、日本の賃金水準はトップレベルとはいえません。(図表17)

(4) 付加価値あたり人件費の国際比較

 為替レートで比較した人件費も重要ですが、もっと重要なのは、1単位の付加価値をどのくらいの人件費で稼ぎ出したか、という付加価値あたり人件費=単位労働コストです。
 日本経団連も、昨年(2003年版)の経労委報告において、
○国際競争にさらされる産業においては、総人件費の水準いかんという問題に加え、「生産単位当たりの人件費」という効率性の評価が重要である。(=単位労働費用)(P.39)
と主張しています。
経労委報告では、2003年版も2004年版も、主要国の単位労働コストを掲載していますが、これによると、製造業については、少なくともドイツ、イギリスは、単位労働コストがわが国よりも割高となっています。また経労委報告では、製造業のデータが99年の数値ですが、原典であるILOのKILMの最新版(第3版)では、2001年の数値が発表されており、これによれば、独英だけでなくアメリカも、ほんのわずかではありますが、わが国を上回っている状況にあります。
 一方、OECDの資料から算出した金属産業の単位労働コストは、日本を100として、ドイツが129.3、アメリカが114.0、イタリアが110.2、フランスが102.5となっており、主要国のなかで日本の人件費がもっとも割安ということになります。(図表18)
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5.労働時間管理とエグゼンプト

(1) 成果主義、裁量労働制と労働時間管理


 日本経団連は「2004年版経労委報告」において、
○労働基準法上の裁量労働制の一層の要件緩和を進め、さらに仕事の成果が労働時間の長さに比例しない労働者が増加している状況をふまえ、アメリカのホワイトカラー・イグゼンプション制度のような、一定の労働者には労働時間規制の適用を除外する制度の早期検討・導入が求められる。(P.37)
と主張しています。
 厚生労働省は2002年に「裁量労働制に関する調査」を行っていますが、これによると、専門業務型裁量労働制では、導入によって労働時間が「長くなった、やや長くなった」労働者は19.9%に達しており、「短くなった、やや短くなった」の14.2%を上回っている状況にあります。また健康状態が「悪くなった、少し悪くなった」労働者は12.7%で、「良くなった、少し良くなった」の4.6%をかなり上回っています。(図表19)

 本来、ホワイトカラーであろうとなかろうと、あるいは仕事の成果が労働時間の長さに比例しようとしまいと、そして所定外賃金が支払われようと支払われまいと、およそ人間たる勤労者が、健康を維持し、通常の個人生活、家庭生活、社会生活をおくるために、労働時間には一定の枠がなければなりません。
 急速に広がりつつある国際労働規格SA8000では、週の労働時間を所定外労働も含めて60時間に制限しており、これを超えて労働させることはできません。SA8000の労働時間規制は、労働時間法制をエグゼンプト(除外)される人達についても、エグゼンプトされません。裁量労働制であろうがエグゼンプトであろうが、およそ従業員の労働時間は、しっかりと管理されなければなりません。
 連合総研が2001年に発表した「『働き方の多様化と労働時間等の実態』に関する調査研究」によれば、週の実労働時間が40時間以上、45時間未満の労働者は、「睡眠時間が必要なだけとれる」者が76.7%、「決まった時間に食事ができる」が68.7%、「家族と団欒の時間がとれる」が74.2%、「仕事に関する勉強時間がとれる」が60.6%、「地域での活動や交際ができる」が54.0%などとなっていますが、一方、60〜65時間の労働者は、「睡眠時間が必要なだけとれる」者が39.6%、「決まった時間に食事ができる」が22.2%、「家族と団欒の時間がとれる」が22.2%、「仕事に関する勉強時間がとれる」が18.5%、「地域での活動や交際ができる」が11.1%と激減している状況にあります。(図表20)


いわゆる成果主義の導入や裁量労働制の拡大により、所定外労働に応じて所定外賃金を支払わず、仕事の進め方も勤労者個々人の裁量に委ねる方向に進むならば、企業は勤労者がオーバーワークとなり、健康を損ない、個人生活、家庭生活、社会生活をないがしろにすることにならないよう、余計に労働時間管理をしっかり行っていく必要があります。また、企業として勤労者のエンプロイヤビリティを求めるならば、当然、エンプロイヤビリティを身につけるための時間を、勤労者に提供しなければなりません。
なお、本来は裁量労働制の場合だけではありませんが、裁量労働制を導入している場合はとくに、年次有給休暇の完全取得ができるような方策を確保していくことが必要です。<ページのトップへ>


(2) アメリカにおけるエグゼンプト制度の動向

@アメリカにおけるエグゼンプト制度のあらまし

 アメリカにおけるエグゼンプトとは、一部の職種に従事し、公正労働基準法(FLSA)の所定外賃金の支払い規定から除外(エグゼンプト)される従業員のことをいいます。職務の性質上、自分自身で時間を管理し、成果で評価されることになります。
 具体的な職種としては、
○小売業・サービス業における一定の範囲のコミッション販売職、営業職。
○一定の範囲のコンピューター専門職。
○運転手、運転助手、荷役、船員、修理・整備工。
○小規模農場で雇用される農業従事者。
○自動車ディーラーの販売員、部品工、機械工。
○季節・レクリエーション従業員。
○経営幹部、管理職、専門職、外部営業職のホワイトカラー、ウエッジでなくサラリーで雇用されるホワイトカラー。
○その他、家庭内労働者、病院・老人ホームで勤務する者、小規模小売店の従業員など。
となっており、99年時点で雇用者1億1,896万人のうち、2,553万人がホワイトカラー・エグゼンプトとなっています。

Aエグゼンプト制度改革
 本年1月、エグゼンプト制度の抜本的改革が行われました。エグゼンプトの対象となるかどうかで、訴訟が頻発しているため、要件の明確化を図ったものです。
 主な内容としては、
○週給425ドル(年収22,100ドル)以下のすべての従業員は、ノンエグゼンプト(所定外賃金規定の対象)となる。(現行は週給155ドル)
○非エグゼンプト職務を週あたり20%以上行った従業員をノンエグゼンプトとする制度は、廃止する。(従来は週給155〜250ドルの従業員に適用)
○週給425ドルを超える経営幹部、管理職、専門職について、エグゼンプトとなる要件を、明確化・緩和する。
○仕事の質・量に関わらず、年収65,000ドル以上のホワイトカラー従業員は、エグゼンプトとする。
などとなっています。
 アメリカ労働省は、今回の改正で、エグゼンプトからノンエグゼンプトに転換する従業員について、所定内の時間あたり賃金を引き下げて、所定外賃金とあわせた総支給額を現行どおりに維持する、ということもできるとしています。
 なお、1日のうち欠勤時間があるときに減給措置を受ける従業員については、エグゼンプトにならない規定はそのまま維持されています。労働時間を従業員が自ら管理しているかどうかの判断基準だからであると考えられます。

B日本の状況との違い
 今回の改正によって、エグゼンプトの対象者が大幅に拡大することが予想されています。しかしながら、現行でノンエグゼンプトとなっている9千万人のうち、実際に所定外賃金を受給している(すなわち残業や休日出勤をしている)雇用者は、1千100〜1千200万人(調査週において)にすぎません。多くの従業員がいわば恒常的に所定外労働を行っているわが国との状況の違いに留意することが必要です。
 また、このところ改善が進みつつあるものの、いわゆる不払い残業の存在は依然として大きな問題であり、また年次有給休暇の完全取得も進んでいません。労働時間制度をめぐって解決すべき大きな課題を抱えていえるなかで、エグゼンプト制度の経営側にとって都合の良いところだけがつまみ喰いをされないよう、アメリカと日本の労働時間法制の相違、労働時間の実態の違いについて、さらに理解を深めていく必要があります。<ページのトップへ>

6.多様な雇用形態

(1) 多様な雇用形態と均等処遇

@雇用形態は個人の選択が第一

 「2004年版経労委報告」では、
○就業形態の多様化はここ10年間で着実に進展してきた。この流れは今後も続いていくと予想され、この現実をふまえた上で、多様な働き方を企業の生産性向上と従業員の満足度の向上にいかに結びつけていくかについて、労使が十分に論議し、実践していかなければならない。個人は自分の生き方に合った働き方を選び、企業は個人の力を十分に発揮できる組織をつくっていく。人事制度は、こうした労使双方のニーズを満たし、支援するものでなければならない。(P.35)
と主張しています。ここで重要なのは、「個人は自分の生き方に合った働き方を選び、企業は個人の力を十分に発揮できる組織をつくっていく」というところであります。企業として、様々な就業形態に対応できるようにしていくことはきわめて重要ですが、どのような就業形態を選択するかは、あくまでも個人の選択が第一になければ、「自分の生き方に合った働き方」も「個人の力を十分に発揮できる組織」も机上の空論になってしまいます。
 厚生労働省が2001年に実施した「パートタイム労働者総合実態調査」によれば、正社員以外の労働者が、その働き方を選んだ理由としては、パート労働者については、「正社員として働ける会社がないから」は21.1%に止まっていますが、その他(パート以外)の非正社員は38.0%に達しており、非正社員として働いている理由の第1位を占めるところとなっています。前回調査の95年には、「正社員として働ける会社がないから」はパート労働者で13.7%、パート以外の非正社員で31.7%でしたから、両方とも急速に上昇していることになります。(図表21)

 一方、企業サイドの理由から見てみると、パートを雇用する理由は、「人件費が割安だから」は65.3%に達し、前回95年調査(38.3%)の倍近くの比率に達しています。その他(パート以外)の非正社員を雇用する理由も、「人件費が割安だから」は95年の29.3%に対し、2001年には57.9%と、これも倍近くに達しています。(図表22)

 日本経団連がいくら美辞麗句で飾っても、雇用形態の多様化の目的が、現状では人件費の変動費化と削減にあることは否定できません。厚生労働省では、年齢、勤続年数、産業、企業規模を同じに揃えた場合の、一般労働者とパートタイム労働者の賃金格差を算出していますが、2001年の比較で一般労働者を100としてパートタイム労働者は58.1に止まっており、しかも90年代以降、格差は拡大傾向となっています。(図表23)


A日本経団連は均等処遇に後ろ向き
「2004年版経労委報告」では、
○同じ特性に複数の雇用形態が並存する場合には、雇用形態による労働条件の格差がはなはだしいものとならないよう留意しなければならない。(P.47)
と指摘する一方で、「通常の労働者とパートタイム労働者の均等処遇」についてはきわめて後ろ向きで、「仕事の役割・貢献度の違いによる処遇の格差を合理的に説明でき」ればよい、としているに止まっています。こうしたことからも、日本経団連が雇用形態の多様化を主張する意図が、もっぱら人件費の引き下げにあることは明らかといわざるをえません。日本経団連は真に
「個人は自分の生き方に合った働き方を選び、企業は個人の力を十分に発揮できる組織をつくっていく」ことをめざすならば、正社員とパートタイムをはじめとする非正社員のすべてにつ
いて、均等待遇実現に向けたガイドラインやマニュアルを示すべきであります。また、均等処遇の確立と合わせ、非正社員が、フルタイム正社員や短時間正社員への転身も選択できるよう、条件整備を図っていくことが必要です。<ページのトップへ>

(2) ものづくり産業と多様な雇用形態

@ビジネス・モデルと雇用形態のあり方

 日本経団連が主張する「雇用のポートフォリオ」という考え方によれば、長期安定雇用は一部の幹部社員のみであり、技能職、一般職、専門職は短期(有期)雇用となってしまいます。
(図表24)


 こうした考え方は、ものづくり産業の立場からすると、違和感があることは否定できません。もちろんひと口にものづくり産業といっても、
○それまでの市場にはない、まったく新しい商品を他社に先駆けて開発することはしない。他社が開発し、技術的に確立された商品を、需要に合わせて迅速に安価で供給する。
○製品の組み立てはモジュラー化されており、高度な擦り合わせ技術・技能は必要としない。
という、いわば「デル型」のビジネス・モデルの企業の場合には、日本経団連の主張する雇用のポートフォリオ型が有効と考えられます。
 しかしながら、
○世界で最先端の新商品を自社で開発している。
あるいは、
○高機能部品を複雑に組み合わせて組み立てるため、高度な擦り合わせ技術・技能が必要な製品(=インテグラルな製品)を製造している。
というようなビジネス・モデルの企業の場合には、技能職、専門職についても、長期安定雇用を基本として、高度熟練の技術・技能、あるいは現場の情報や知恵、ノウハウなどを蓄積し、外部に流出しないようにすることが絶対に必要です。
 なお、デル型か、新商品開発型か、インテグラル型かについては、どれが優れているとか、正しいとか、望ましいとか、そういう価値判断を含むものではなく、単にビジネス・モデルの類型を示しているにすぎません。また新商品開発型の企業は、多くがインテグラル型でもあり、また新商品開発型の企業であっても、デル型の商品を生産している場合も多いなど、厳密に区分できるものではありません。

Aエクセレント・カンパニーは「人」を重視した経営
 経済産業省では現在、「構造改革10年の総括と今後の展望 〜新資本主義ビジョンに向けて〜」の検討作業を進めているところですが、
○日本を代表するエクセレント・カンパニーの経営者が追求する企業モデルは、従業員の主権を重視し、長期雇用を目標に掲げる傾向が強い。
○研究開発を重視する企業では、正社員比率が高く、雇用調整速度も遅い。
○成果主義を導入しても、「一人ひとりの能力を活かそうという雰囲気」と「仕事内容の明確化」、そして「能力開発機会の確保」がなければ、かえって労働意欲は減退する。
○雇用を創出している企業は、経営戦略として人材投資がとくに熱心であり、賃金がよいだけでなく、仕事のやりがい、能力発揮の程度、職場の人間関係が優れている傾向にある。
○アメリカでも、長期雇用に基づく従業員主体の内部監視メカニズムの有効性が再認識されつつあり、従業員重視の企業モデルが注目されている。
○企業価値の大半は、物的価値では測れないブランドやノウハウなどの無形資産である。無形資産の源は人材の能力であり、次々と革新を生み出す企業組織の能力であり、人的資産というべきものである。
であり、「人的資産重視経営」こそが、21世紀の企業モデルであるという分析を進めています。
 よく企業経営のモデルとして、日本型経営とか、アングロサクソン・モデルとかいわれますが、エクセレント・カンパニーであれば、コーポレート・ガバナンス(企業統治)のかたちにはやや違いがあっても、企業の行動様式自体は日本の企業もアメリカの企業もさほど変わらない、長期安定雇用をベースとして、従業員の能力の蓄積を重視し、自主的な能力発揮を促し、それを正しく評価し、報いる企業である、ということになるのではないでしょうか。
 日本経団連は2003年4月、「産業力強化の課題と展望 −2010年におけるわが国産業社会−」を策定、「産業力強化」に向けて民間が取り組むべき課題を示しました。民間が主導する産業力強化の基本方向としては、
@最先端技術の開発と産業化
A新しいサービス業の出現・拡大
B既存産業の効率化・高付加価値化
を掲げていますが、こうしたなかで、「経労委報告」で主張されているような、人件費の引き下げについては、ひとことも触れられていません。
 「世界的な研究開発拠点を日本国内において形成・発展させ、これを中核として新たな技術創出を推進し、成果としての技術・製品を事業化する」ことによって、「わが国の優位性を維持・強化していく」ことをめざすならば、当然といえるでしょう。
元来、国際競争とは、相撲やボクシングのように向かい合って「対戦」するものではなく、マラソンのように競技者が同じ方向を向いて早さを競い合う「競走」です。「対戦型」ならば、たとえば中国と競争するなら、中国との人件費比較も大きな意味を持ってきますが、「競走型」の場合は、人件費を引き下げるということは、国際競争上、日本のものづくり産業の位置を、追いかけている国々のところまで引き戻すということを意味します。日本がやらなくてはならないことは、ものすごいスピードで追いかけてくる中国や新興工業国、発展途上国を必死で振り切って、あくまで先頭を走り続けるということであり、そのために贅肉を落としてスリムな身体にするということはあったとしても、落としすぎて基礎的な体力まで失ってしまわないようにすることが肝要です。
 なお、前述の日本経団連の「産業力強化の課題と展望」では、産業力強化の目的として、「良質な雇用機会の確保」を掲げています。「良質な雇用」というからには、
○雇用形態としては、フルタイムまたは短時間の正社員、あくまで勤労者の選択による、均等処遇が確保された非正社員。
○健康を維持し、通常の個人生活、家庭生活、社会生活をおくることのできる労働時間。
○少なくとも年齢ごとに必要な生計費を確保し、さらに適正な成果配分のなされた賃金。
などを追求していくことが必要です。<ページのトップへ>

(3) 日本では、諸外国に比べて正社員以外の雇用形態の比率が多くなっている

 労働政策研究・研修機構が発行している「データブック国際労働比較2004」によれば、2001年における就業者に占めるパートタイマーの比率は、日本が24.9%となっているのに対し、イギリス23.0%(2000年)、カナダ18.1%、ドイツ17.6%(2000年)、フランス13.8%、アメリカ13.0%、イタリア12.2%に止まっており、日本がG7諸国中最高を記録しています。男子だけをとって見ても、パートタイマーの比率はG7最高となっています。「パートタイマー」の定義について、日本は週実労働35時間未満、他の国々は週所定30時間未満となっていますが、日本では、パートタイムの労働時間が正社員に比べて必ずしも短時間ではないことからすれば、無理な比較ではありません。またアメリカのデータは、分母が就業者ではなくて雇用者ですので、他の国々よりも数字が高めに出ることになりますが、それでも日本より大幅に低くなっています。
 2002年における、雇用者に占めるテンポラリー雇用者の比率は、日本が13.5%に対し、フランス14.1%、カナダ13.0%、ドイツ12.0%、イタリア9.9%、イギリス6.1%となっており、G7諸国でデータのないアメリカ以外では、フランスに次いで高い水準になっています。なお、このデータでは、日本の定義は「日々または1年未満の雇用期間の者」であり、一部の派遣労働者などが入っておらず、他の国々に比べ、むしろ定義が狭くなっています。(図表25)

 なお、総務省・労働力調査詳細結果によれば、雇用者全体に占める「役員・正規以外の雇用者」の割合は、2003年7〜9月期で、非農林業が27.9%と前年同期差+0.4ポイント、うち製造業が18.9%で同じく+1.5ポイントとなっています。製造業以外の非農林業では、30.5%と高水準になっていますが、前年同期に比べてほぼ横ばいとなっています。(図表26)
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7.JCミニマムと産業別最賃

(1) JCミニマム運動


国内外の競争激化やデフレの長期化、それに伴う雇用形態の多様化などの労働市場の変化などによって、賃金水準の低下傾向や産業間・企業間の賃金格差の拡大が進行しています。また、仕事の成果を重視した賃金制度への改定によって、個人ごとの賃金の差異も一部で拡大してきています。
金属労協は、こうした環境変化に対応して、公正な賃金水準を確立し、金属産業における賃金水準の下支えを図るべく、JCミニマム運動を推進しています。
「JCミニマム(35歳)」は、賃金がもつ生計費の側面を考慮しながら賃金水準の下支えを図る観点から、生計費や賃金実態等を総合的に勘案して210,000円と設定しています。35歳の金属産業労働者であれば、勤続年数、職務、評価にかかわらず、将来的にこれ以下をなくす運動として賃金水準を明確に下支えしていきます。
また、企業内最低賃金協定については、18歳最低賃金を149,500円での締結を図っていきます。企業内最低賃金協定は、企業における賃金の下支えであるとともに、法定産業別最低賃金申請のための合意を満たし、その水準にも影響を与えるものです。法定産業別最低賃金の取り組みとの連動を強化し、未組織労働者を含めた金属産業で働く勤労者全体の賃金の下支えを図ることが重要です。

(2) 法定産業別最低賃金の意義と役割

「2004年版経労委報告」では、
○企業の賃金水準に直接影響を及ぼすのは最低賃金制度である。(P47)
○最低賃金の機能は地域別のみで十分であり、産業別最低賃金は廃止すべきである。(P47)
と主張しています。
 しかしながら、地域別最低賃金が全ての労働者に適用される賃金のナショナルミニマムであるのに対して、産業別最低賃金は、産業や職種ごとに年齢や業務などの適用範囲を定めたいわゆる「基幹的労働者」の最低賃金であり、役割と機能が異なっており、たとえば「屋上屋」というような批判は的はずれです。
日本の賃金構造を見ると、仕事の質や働き方などの違いを反映して、産業や職種による賃金相場が形成されています。地域別最低賃金の全労働者に対する影響率(最低賃金の引き上げによって直接賃金が引き上げられる労働者の割合)はわずか1%程度、所定内賃金に対する水準は4割程度に過ぎず、地域別最低賃金のみでは、多くの産業にとって賃金の下支えとしての機能が乏しい状況にあります。産業別最低賃金は日本の賃金秩序に適合した実効性のある賃金の下支えとして重要な役割を果たしており、産業・企業ごとの賃金格差が拡大するもとで、賃金水準の下支えを図る観点や、さらに、産業内における公正競争の確保にも欠かせないシステムとなっています。
また近年、雇用の流動化や雇用形態の多様化など、労働市場が変化する一方で、仕事や職種を要素とした賃金決定の傾向も強まっており、産業・職種ごとの最低賃金の重要性が高まっています。産業別最低賃金は、未組織労働者にも適用される、わが国唯一ともいえる当該産業労使参加による賃金決定システムとなっており、今後とも継承・発展を図っていかなければなりません。<ページのトップへ>

8.60歳以降の就労確保

@年金と雇用はリンクが基本

 周知のように、本2004年4月より、公的年金の満額支給開始年齢が62歳に引き上げられます。金属労協の全体集計によれば、2003年時点で3,618組合中1,219組合において、60歳以降の就労確保が確認されるところとなっています。しかしながら、満額支給開始年齢引き上げとともに、就労確保についても62歳までとなっているかどうかについては、再度チェックしていくことが必要です。
 「2004年版経労委報告」では、65歳までの継続雇用制度の義務化について、
○そもそも年金制度と雇用をリンクさせるのは問題であり、これは高齢者雇用対策の責任と高齢化のコストをすべて企業に押しつけようとするもので、企業経営に与える影響はきわめて大きい。(P.39)
と反発しています。
 しかしながら、そもそも先進諸国においては、年金支給開始年齢こそが引退年齢です。まず年齢支給開始年齢ありきであって、勤労者はそれ以降も働けるけれども、自ら希望してそこで引退するということにほかなりません。経営側が60歳以降の雇用継続義務化に反発するのは、人件費を圧縮したいという立場からすれば、自分たちの考えるペースでやりたいという姿勢もあるだろうと思いますが、「年金制度と雇用をリンクさせるのは問題」という主張は、たとえ経営側であっても常軌を逸しているといわざるをえません。

A成果主義のもとでは定年は年齢差別の危険性
また、定年という考え方自身、国際的に受け入れられなくなってきています。日本ではこれまで、生涯の成果を生涯賃金で報いるという、いわゆる年功型賃金であったために、生涯の成果と生涯賃金が見合った段階で解雇するという定年制度が合理性をもって受け入れられてきました。しかしながら、短期の成果を短期で報いる成果主義では、定年制の存在について、合理的な説明を行うことができず、「年齢による差別」に該当する危険性が大きくなっています。
イギリスではこれまで、一般的に男性が65歳、女性が60歳の定年制が設けられていました。しかしながら、2000年に採択された「雇用と職業における均等待遇に関するEU指令」において、年齢による雇用差別を禁じる法律の導入を求められているため、2003年7月、70歳以下の退職年齢を定めることや、高齢を理由として研修訓練プログラムの対象としないことなどを禁止する、「アンチ・エイジズム法」が貿易産業省より提案され、2006年施行に向けて、準備が進められています。
そもそも年金満額支給開始年齢引き上げは、公的年金負担を抑制するためのものであることが忘れられています。年金保険料としてとられるよりは、60歳以上の方にも企業のために働いていただいたほうがどれだけよいかわかりません。成果主義で処遇すれば、企業にとって何の問題も生じないはずです。
 現実に、定年年齢と公的年金満額支給開始年齢との間に差がある以上、その間の生計費は(現役時代に在籍した企業かどうかはともかく)企業が賄う以外にはありません。定年を迎えた者すべてが、自営業に転ずることなど不可能だからです。その場合、少子超高齢化が進み、技術・技能の継承・育成が危ぶまれているわが国において、引退した高齢者の方がまったく畑違いのアルバイトなどに携わるのがよいのか、それとも今までの経験を生かした職場で活躍するのがよいのか、答えは自ずと明らかです。経営者団体は、年金満額支給開始年齢までの就労確保について、むしろ旗を振り、加盟企業を指導していくことこそが使命ではないでしょうか。<ページのトップへ>

9.仕事と家庭の両立支援−次世代育成支援対策推進法への対応

「2004年版経労委報告」では、
○男女ともに仕事と家庭を両立できる社会をめざすために、企業も積極的な役割を果たしていくことが期待される。(P.38)
と述べています。
少子化の進展は、仕事と子育ての両立の負担感が増大していることが背景にあることが指摘されており、働きながら子供を生み育てやすい雇用環境の整備が喫緊の課題となっています。このため、改正育児・介護休業法が2003年4月に施行されるなど環境整備が図られてきています。
とくに、2003年7月に成立した「次世代育成支援対策推進法」では、各企業において、仕事と家庭の両立支援のための制度整備のみならず、働き方の見直しを含めた具体的な環境整備が求められており、301人以上を雇用する事業主に対して、2005年4月以降、「行動計画」の提出を義務づけています。しかしながら、行動計画の内容については、「行動計画策定指針」が示されているものの、それぞれ企業の実情に応じて策定することになっています。
「行動計画」は、勤労者のニーズを的確に反映し、仕事と家庭の両立が図られる制度を確立し、また制度を活用しやすい職場としていくことが目的です。そのためには、「行動計画」の立案、実施のための労使協議の場を設定することによって、労働組合が積極的に参加し、勤労者の意見を反映していく必要があります。<ページのトップへ>

10.適正な成果配分で「現場力」の強化を

(1) 現場力を低下させる日本経団連の方針

@経営側も現場力の低下に危機意識

 奥田・日本経団連会長は、「2004年版経労委報告」の「序文」において、
○わが国経済・産業の基盤となるべき現場の第一線において、大きな事故やトラブルが相次いでいるのは、まことに憂慮すべき事態といわなければならない。現場力、言い換えれば現場の人材力が低下していることが懸念される。一連の事故の原因として、リストラによって高度な技能や知的熟練をもつ現場の人材が削減されたことを指摘する意見もある。こうした指摘をわれわれは謙虚に受け止め、目先のリストラに走るあまり将来的な人材力の蓄積が損なわれていないか、反省の必要があるのではないか。経営幹部は、この問題を本来は自らの責任であるとの認識を持つべきである。(P.6)
○企業が創造した付加価値が賃金の原資となるものであり、高付加価値経営とは、従業員の貢献に見合った賃金を支払い、企業が適正な利益を確保する経営ともいえる。企業の存続・成長のために付加価値を高める戦略を立て、実施していくかが労使双方にとって重要な課題である。(P.7)
と指摘しています。
また、本文中の「第3部 今後の経営者のあり方」のところでも、
○(大規模な事故の頻発について)この問題を単に規律の問題としてでなく、「現場力」すなわち現場の人材力の低下の反映であると、危機感をもって認識する必要があろう。一連の事故は、高度な技能や知的熟練をもつ現場の人材の減少、過度の成果志向による従業員への圧力が原因ではないか、との指摘もある。また、長期雇用慣行や雇用維持について企業の努力が乏しいと、批判する意見もある。現場力を高めるためには、報酬や懲罰だけでは不十分であり、経営幹部の意識改革なしには、問題の根本的解決はありえない。(P.66)
○雇用と労働条件に対する安心感、仕事に対する充実感や組織に対する帰属意識を涵養することによって、企業活動に対する責任感を、組織レベルと個々の従業員のレベルの双方で高めていく努力が改めて必要となろう。特に今後、いわゆる団塊の世代が退職しはじめるが、彼らの技術・技能が現場にきちんと継承されるような仕組みを考えていく時期がきている。(P.67)
との指摘があります。われわれ労働組合として、こうした主張にはなんら異論はありません。


A現場力に対する危機意識と、経営側の賃金交渉方針とのギャップ
 しかしながら一方では、2004年の賃金改定交渉に対しては、
○わが国の賃金水準は世界のトップレベルにあり、とりわけ現状のように物価が下落している状況においては、国際競争力を維持・強化する観点からも、賃金水準の調整が喫緊の課題となる。物価下落のなかでは、名目値で賃金が上昇しなくても実質賃金は上昇している。(P.60)
○(企業内で)一律的なベースアップは論外であり、賃金制度の見直しによる属人的賃金項目の排除や定期昇給制度の廃止・縮小、さらにはベースダウンも労使の話し合いの対象となりうる。(P.61)
などと主張しています。こうした対応は、経労委報告で「現場力」低下の原因としてあげている、
○過度の成果志向による従業員への圧力。
○長期雇用慣行や雇用維持について企業の努力の乏しさ。
○雇用と労働条件に対する安心感、仕事に対する充実感や組織に対する帰属意識の欠如。
そのものであり、同じ経労委報告のなかにおけるギャップの大きさに驚かされます。
 企業の競争力の源泉である、技術・技能の継承・育成、現場の情報や知恵、ノウハウなどの蓄積と活用に向けて、今後ますます「人」を重視した経営を展開していくことが不可欠となっています。企業は勤労者に対し、安定した雇用、適正な成果配分、適切な評価と処遇、十分な能力開発の機会を提供していかなければなりません。
繰り返しになりますが、わが国の賃金水準は、先進国のなかでは中位にすぎず、また実質賃金も低下しています。中国や発展途上国、新興工業国との人件費の格差は大きなものがありますが、国際競争力上重要なのは、人件費の格差を縮小することではなくて、ものすごいスピードで追いかけてくる中国や新興工業国、発展途上国を必死で振り切って、あくまで先頭を走り続けるということです。<ページのトップへ>

(2) 定期昇給制度とベースアップ

@定昇は労働条件に対する安心感の源

定期昇給制度をはじめとする賃金構造維持分は、退職者の賃金総額を新入社員の賃金と在籍者で分け合う仕組みであり、本来は追加的なコストの発生しないものです。従業員の構成によっては、企業に「持ち出し分」が発生しますが、「団塊の世代が退職」しはじめれば、逆に企業にとって黒字にもなります。たとえ制度上は定期昇給がない、としている企業でも、概念としては賃金構造維持分を否定できないはずです。また、短期的な成果を短期的に報いる成果主義が進めば進むほど、年齢に応じて必要な生計費を確保し、勤労者に「労働条件に対する安心感」をもたらす上で最も重要な要素である定期昇給は、重視されなければなりません。

Aベアを個人への成果配分に用いるのは筋違い
またベースアップは、個人個人に対する賃上げではありません。ベースアップとは、
○経済成長や物価上昇、労働市場などマクロ経済の動き。
○賃金の社会的な相場、産業間・産業内の賃金格差是正。
○産業動向。
○企業全体の業績。
などを反映して、賃金表を「一斉に」書き変える作業であり、だから「ベース」アップなのです。経済成長や物価上昇、賃金の社会的な相場、産業動向などは、勤労者個人の成果によって影響されるものではなく、従ってそれらを反映するために行うベースアップを、個人の成果に報いるために用いることは筋違いです。
企業によって、経営側の判断で重点的に賃上げをしたい職種やグループがある場合には、別源資をつけるのが原則ではありますが、ベースアップのなかで行う場合には、まず一律の配分を出発点としたうえで、ベースアップ分のうち、企業業績を反映する部分の一部を、そうした重点的な配分の源資としていかなければなりません。
いずれにしても、「一律的なベースアップは論外」などという主張は、ベースアップの本質を理解していない主張であり、それこそ論外、といわざるをえません。

(3) 春闘終焉論について

 「2004年版経労委報告」では、
○労働組合が実力行使を背景に賃金水準の社会的横断化を意図して闘うという「春闘」はすでに終焉した。(P.63)
○企業労使が経営環境の変化や経営課題、すなわち賃金・労働時間・雇用問題から多様な働き方、従業員個々人のキャリア形成、従業員育成のための能力開発、メンタルヘルス、企業倫理などについて広範な議論を行ない、企業の存続、競争力強化の方策を討議し、検討するという「春討」、「春季労使協議」へと変えていくことが望まれる。(P.63)
と主張しています。賃金・労働条件や雇用問題だけでなく、様々な経営課題に関して、労使が討議していくということについては、もうすでに多くの組合で実行されていることでもあり、まったく異論はありません。しかしながら、こうした労使の議論は、春に限られるものではなく、当然のことながら通年的に行われなくてはなりません。とりわけCSR(企業の社会的責任)が重視されるなかで、もっとも主要なステークホルダーのひとつである労働組合が、企業の意思決定に参画していくことが求められており、労使協議の場だけでなく、CSR関係の委員会に労働組合が参加していくことも不可欠となっています。
 一方、労働組合が実力行使を背景にベースアップを求めて闘うという意味での「春闘」は消え去るものではありません。そもそも労働組合とは、市場経済のひとつである労働市場において、労働力の買い手である企業に比べて、売り手である労働者の「交渉上の地歩」が弱いために、団結によってこれを補完しようとする組織です。「交渉上の地歩」をさらに高めるために、産業別組合、大産別、そしてナショナルセンターを組織し、共同して経営側との交渉にあたる、というやり方は、今後とも変わるものではありませんし、ましてや日本経団連から「春闘は終焉した」などと言われる筋合いはありません。
「現場力」に触れた部分など一部例外はあるものの、「2004年版経営労働政策委員会報告」の全体を流れる基調は、ひたすら人件費を削減すればよいという強圧的な姿勢、驕り、高ぶりです。こうした日本経団連の姿勢は、多くの企業経営者のみなさんの気持ちとはまったく違うものだ、とわれわれは考えています。勤労者生活の安心・安定をベースとして、国内ものづくり産業の基盤強化を図り、わが国経済の成長軌道を取り戻し、もって世界経済に貢献するため、産業労使は何をなすべきか、2004年闘争の労使交渉において、十分に検討を深めていく必要があります。<ページのトップへ>

U.経 済 情 勢


1.実体経済の動向

(1) GDPの動向


 わが国経済は、輸出や設備投資の拡大、個人消費の下げ止まりなどにより、2002年春以降景気回復に転じ、2003年年初、および2003年夏にやや減速したものの、全体として緩やかな景気回復基調にあるものと判断されます。
 わが国の名目GDP成長率は、2001年度、2002年度とマイナス成長が続いていましたが、2003年4〜6月期には、9四半期ぶりに前年比でプラス成長(0.3%)となりました。7〜9月期には再びマイナス成長(△0.3%)になっていますが、上半期(4〜9月期)としては、かろうじてプラス成長(0.0%)となっており、政府経済見通し(2004年1月19日閣議決定)の2003年度通期の実績見込みでも、3年ぶりのプラス成長(0.1%)が見込まれています。
 個人消費は、99年度以降4年連続で名目マイナス成長が続いていますが、2003年度に入ってからも、前年比で4〜6月期△0.4%、7〜9月期△1.5%とマイナス成長が続いています。政府見通しでも、2003年度実績見込みは△0.7%となっています。
設備投資は、2001年度、2002年度と名目でマイナス成長が続いていましたが、2003年4〜6月期には5.1%、7〜9月期2.9%と堅調に推移しています。
 輸出は、2002年4〜6月期以降、前年比プラス成長が続いており、2003年7〜9月期には8.3%となっています。2003年度には4.5%の成長が見込まれています。
 なお実質GDP成長率は、2002年7〜9月期以降、前年比プラス成長となっており、2003年4〜6月期は2.3%、7〜9月期は1.9%となっています。2003年度通期の実績見込みは2.0%となっています。(図表27、28)

(2) 景気指標の動向

 一般的には、鉱工業生産指数のうちの「出荷指数」のマイナス幅が、「在庫指数」のマイナス幅よりも小さくなった時が景気回復に転じたシグナルであり、逆に「出荷指数」のプラス幅が「在庫指数」のプラス幅よりも小さくなった時が景気後退のシグナルであるとみなされています。
 2002年1〜3月期には、出荷指数が前年比△8.4%、在庫指数が△4.2%となっていましたが、翌4〜6月期には、出荷指数が△1.9%、在庫指数が△10.0%とマイナス幅が逆転し、景気回復に転じたことを示しています。2002年7〜9月期以降、出荷指数はプラスを続ける一方、在庫指数はマイナスを続けています。
 2003年7〜9月期には、出荷指数が2.1%、在庫指数が△1.4%となり、その差がかなり小さくなりましたが、これは一時的な減速で、10〜12月期には、出荷指数が4.9%、在庫指数が△1.3%と、出荷指数が盛り返してきています。なかでも12月は、出荷指数7.7%、在庫指数△2.0%と大幅に改善しています。(図表29)

 設備投資の先行指標である機械受注統計(船舶・電力を除く民需)は、2003年1〜3月期以降、前年比プラスに転じました。1〜3月期10.4%、4〜6月期9.7%に比べ、7〜9月期には5.2%とやや伸び率が鈍化しましたが、10月は23.1%、11月は13.4%と2桁の伸び率となっています。機種別では、原動機、電子・通信機械、工作機械、道路車両などで大きな伸びが続いています。
 第3次産業活動指数は、2003年1〜3月期以降、前年比でプラスの伸び率が続いています。7、8月には一時前年割れとなりましたが、9月以降は、再びプラスで推移しています。
 内閣府「景気ウオッチャー調査」の「景気の現状判断(方向性)DI」は、2003年5月ごろを底として緩やかに上昇し、9月以降はほぼ50程度(良くなっていると思う人と悪くなっていると思う人がほぼ同数)の横ばいで推移しています。(図表30)
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(3) 貿易の動向

 財務省の貿易統計によれば、2003年(暦年)におけるわが国の輸出金額は、前年比4.7%増となり、伸び率がやや鈍化しました。一方で、輸入金額は5.0%と輸出を若干上回る伸び率となったため、貿易黒字は前年比3.6%の増加に止まりました。しかしながら、年後半には輸出が堅調に推移する一方、輸入の伸び率が鈍化しており、貿易黒字は2003年10月以降、前年比2桁の伸び率となっています。
 2003年全体で、輸出相手先を見ると、中国向けが33.2%の伸び率となったのをはじめ、インド18.1%、ベトナム14.0%、韓国12.6%、タイ12.5%、中華民国が10.1%などとなっており、アジア向け全体で12.9%の伸び率となりました。このほか、ロシア向けが72.5%、オセアニア向けが11.2%、EU向けが9.0%など、それぞれ大幅な輸出拡大となっています。よく「アメリカ頼みの景気回復」ということがいわれますが、少なくとも直接の北米向け輸出は△9.7%(アメリカ向けは△9.8%)の大幅な前年割れとなっています。
 輸出品目別に見ると、一般機械のうちの金属加工機械、建設用・鉱山用機械、加熱用・冷却用機械、荷役機械、電気機器のうちの映像機器、電気計測機器、精密機器のなかの複写機などが前年比2桁の大幅拡大となっています。
 中国向けでは、一般機械が41.7%、電気機器が40.6%、輸送用機器が47.5%、精密機器が57.4%と、機械関係の各業種が軒並み4〜5割増しの状況となっています。なお中国に対しては、わが国は輸入超過が続いていますが、輸出の好調により、2003年には貿易赤字が23.7%減少しました。(図表31)



2.物価の動向

 消費者物価指数は、2003年10月に前年比0.0%となり、99年8月以来、4年2カ月ぶりにデフレから脱しました。しかしながら、生鮮食品の物価下落などにより、11月には△0.5%、12月△0.4%、2004年1月△0.6%(都区部のデータからの推計値)と、むしろデフレが悪化している状況にあります。
 しかしながら、デフレ脱却の目安である「コアの消費者物価指数=生鮮食品を除く総合」は、2003年10月に0.1%とプラスとなり、2004年1月には再びマイナスとなっているものの、△0.2%(都区部のデータからの推計値)に止まっています。(図表32)

 一方、国内企業物価指数は、これまで消費者物価指数よりもややマイナス幅が大きくなっていましたが、2003年12月の速報では、前年比△0.1%までマイナス幅が縮小しています。
 一方、輸入物価指数は、2003年9月以降、4カ月連続で前年比マイナスとなっており、12月の速報値では、△3.6%となっています。<ページのトップへ>



3.雇用の動向

 長く厳しい状況の続いていた雇用情勢も、ようやく改善の兆しが見えてくるところとなりました。2003年12月の完全失業率は4.85%となり、2001年6月以来、2年6カ月ぶりに4%台に改善しました。最悪だった2003年1月の5.53%に比べて、0.68ポイントの改善となっています。有効求人倍率も0.78倍に回復、これは93年5月の0.79倍以来、実に10年7カ月ぶりの高水準です。(図表33)

 完全失業率の改善の中身を見ても、非労働力人口の増加が鈍化し、就業者がプラスに転じています。また「臨時雇」だけでなく、「常雇」も増加しています。(注:非労働力人口は、就職活動をあきらめた人を含んでおり、非労働力人口が増加すると、失業率の分母である労働力人口が減少するため、完全失業率は改善する。これに対して就業者の増加は、実際に職についたために失業率が改善したことを意味する)
 なお、失業率が全体として大幅に改善するなかで、男子の15〜24歳、25〜34歳については、依然として悪化が続いています。<ページのトップへ>



4.金融政策と為替

(1) 金融政策の動向とわが国経済


 わが国経済は緩やかな景気回復を続けていますが、その背景には、2001年9月の同時多発テロをきっかけとして、それ以降行われた量的金融緩和の大幅拡大があります。
 マネタリーベースの増加率(前年比)は、2001年7〜9月期には10.4%であったのが、10〜12月期15.6%、2002年1〜3月期27.8%へと拡大され、4〜6月期は31.2%に達しました。マネタリーベースの推移と景気動向指数(先行指数)の動向を比べてみると、マネタリーベースを先行指標として、ほぼ同様の動きを示しており、2001年11月には0.0だった景気動向指数(先行指数)は、2002年5月には83.3まで回復しました。
 株価も同様の動きを示し、日経平均株価は2001年9月終値で9,774.68円であったのが、10月には1万円台を回復、2002年5月には一時11,979.85円まで回復しました。名目GDP成長率や消費者物価上昇率も、マイナス幅が縮小してきました。
 しかしながらその後、日銀は再び量的金融引き締め姿勢に転じ、マネタリーベースは2002年7〜9月期に前年比24.2%、10〜12月期に20.4%、2003年1〜3月期には12.3%、なかでも3月には10.9%にまで抑制されることとなりました。こうした量的金融緩和政策の急ブレーキに加えて、イラク戦争や不良債権処理による実体経済への打撃が懸念されたことなどを反映し、景気動向指数(先行指数)は、2003年に入ると50台に低下、3月には25.0と15カ月ぶりの低い水準を記録することとなりました。日経平均株価も下落に転じ、2003年4月には、7,607.88円のプラザ合意後最安値を記録しました。名目GDP成長率は再びマイナス幅が拡大するとともに、消費者物価上昇率もマイナス幅の縮小にブレーキがかかるところとなりました。
 3月には速水日銀総裁が退任し、福井新総裁が就任、日銀は再び金融緩和を拡大する姿勢を示し、マネタリーベースは2003年7〜9月期には16.6%に引き上げられ、10月には17.4%(いずれも郵政公社の影響を除く)となりました。このため、景気動向指数(先行指数)は6、7月に75まで上昇、8月にはやや低下したものの、10月には90.0となりました。株価も9月には15カ月ぶりに一時1万1千円を回復、10月末で10,559.59円となりました。
 しかしながら、マネタリーベースの伸び率は、11月には14.1%、12月には10.1%と急速に抑制されるところとなりました。経済の安定のためには、20%近いマネタリーベース増加が必要と試算されていることから、この水準では明らかに不足であり、このため、景気動向指数(先行指数)は11月に50に低下、株価も11、12月には一時1万円を割りました。(図表34、35)

 上述のように、日銀はこれまで、少し景気が良くなるとすぐにマネタリーベースを絞って、量的金融引き締めを行うという「ストップ・アンド・ゴー」政策をとってきており、これが景気回復の長続きしない要因となっていました。2003年秋口には、再び日銀は「ストップ」政策に踏み込んだものと思われますが、これに対しては、政府ならびに民間研究機関からの強い批判が寄せられました。
 UFJ総研では、2004年1月5日の月例景気報告において、
○マネタリーベースの失速によって株価の急落が起これば、企業心理や消費者心理を一気に冷え込ませ、景気拡大見通しが修正を迫られる可能性も否定できない。為替についても、年明け早々にも再び円高が急進する可能性がある。
○日銀が日銀当座預金残高の下限を30兆円、上限を35兆円に引き上げるような追加緩和を行えば、マネタリーベースは再加速し、為替は円安方向となり、足元で大きく持ち直している株価も、一段と強含む可能性が高い。日銀には、誤りなき金融政策運営を望みたい。
と指摘しました。

日銀は、2004年1月20日の政策委員会・金融政策決定会合において、「今後の景気回復の動きをさらに確かなものとする趣旨」から、当座預金残高の目標値を、これまでの「27〜32兆円程度」から「30〜35兆円程度」に引き上げることを決定、再度、「ゴー」政策に転換することを宣言しました。今後のマネタリーベースと景気指標の動向を注視していくことが必要となっています。
(注)量的金融緩和が景気に与える経路については、「2004年闘争の推進」をご覧ください。

(2) 為替相場

 円相場は2003年秋以降急速に上昇し、2004年1月には1ドル=105円台に達しています。プラザ合意後、ドル高・円安への転換が図られた逆プラザ合意まで10年間、そして逆プラザ合意からすでに9年近くを経過していること、わが国で景気回復が顕著となれば、金利が上昇してくること、などからすれば、ある程度の円高は想定の範囲内といえます。
 日経産業新聞が2003年11月に行った「社長100人アンケート」でも、「2004年3月までの高値予想」は、「100円以上、105円未満」との回答が最も多い43.9%となっており、現在の水準であれば、すでに織り込みずみの状況となっています。
 しかしながら、為替相場の急激な変動と過度な円高が、わが国輸出産業に打撃を与えることは間違いなく、国際協調体制の強化により、円相場の安定を図っていくことが必要な状況となっています。
 なお、中国の人民元については、わが国からの機械輸出が激増していることもあり、必ずしも元の引き上げが、わが国経済にとって好ましいかどうかは、見極めがむずかしい状況にあります。しかしながら、このまま人民元がドルペッグを続けていれば、中国の経済力と人民元相場との乖離がますます拡大され、中国経済と国際金融体制にとって不安定要素となることは避けれられないことから、人民元の完全変動相場制移行に向けて、わが国として国際環境整備と中国政府への働きかけを強めていかなければならない状況にあります。

以 上

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