2005年闘争ミニ白書
2005年闘争の推進・追補版
2005年2月2日
全日本金属産業労働組合協議会
(IMF−JC/金属労協)
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目     次
2005年闘争ミニ白書の発表にあたって

人が財産、人がつくる現場力
−日本経団連「経営労働政策委員会報告」に対する見解−

概論
1.勤労者に対する適正な成果配分を
2.ベースアップの意義
3.低下しつつある日本の人件費水準
4.長期安定雇用を基礎とした国際競争力の強化を
5.JCミニマム運動による賃金の下支え
6.賃金制度整備といわゆる成果主義賃金に関して
7.長時間化する労働時間
8.仕事と家庭の両立支援のための、次世代育成支援対策推進法、育児・介護休業法への対応
9.高齢者雇用安定法の改正と60歳以降の就労確保
10.格差の拡大と個人消費の動向
11.CSR(企業の社会的責任)と賃金・労働条件決定
12.直近の経済情勢

個別項目における詳細説明

1.勤労者に対する適正な成果配分を
(1) 統計開始以来最低となった労働分配率
(2) 企業規模別に見た成果配分の動向
(3) 国民経済の観点も踏まえ、勤労者への適正な成果配分を
(4) 日本経団連も経済・企業業績回復の勤労者への成果配分を容認
(5) 企業収益ベースで見た勤労者への成果配分の状況
(6) 企業業績が一時金に適正に反映されているかどうかは検証が必要

2.ベースアップの意義
(1) 日本経団連のベア否定論
(2) 定期昇給制度
(3) 就業者1人あたりの名目GDP成長率が国民経済上の配分の目安

3.低下しつつある日本の人件費水準
(1) 先進国のなかで中低位に落ち込んだ日本の人件費水準
(2) わが国の人件費水準と為替レートの関係
(3) 付加価値あたり人件費(単位労働コスト)の国際比較

4.長期安定雇用を基礎とした国際競争力の強化を
(1) 長期安定雇用を基礎とした国際競争力の強化を
(2) 多様な人材の活用と多様な雇用形態との混同
(3) 日本では、諸外国に比べて有期雇用の比率が高い
(4) 勤労者のニーズにあった働き方の選択肢拡大を
(5) 派遣期間の延長など労働者派遣法の規制緩和は認められない
(6) 派遣労働など非典型雇用者の受け入れに関する労使協議の充実
(7) フリーター、ニートなど、若年者雇用問題への対応

5.JCミニマム運動による賃金の下支え
(1) JCミニマム(35歳)と最低賃金協定
(2) 法定産業別最低賃金の意義と役割

6.賃金制度整備といわゆる成果主義賃金に関して

7.長時間化する労働時間
(1) 生活との調和をめざす年間総実労働時間1,800時間の実現
(2) 日本の労働時間の現状
(3) 過重労働による健康障害の防止の観点からの労働時間短縮
(4) 不払い残業の撲滅
(5) ホワイトカラー・エグゼンプションと労働時間管理
(6) 海外における労働時間の動向

8.仕事と家庭の両立支援のための、次世代育成支援対策推進法、育児・介護休業法への対応

9.高年齢者雇用安定法の改正と60歳以降の就労確保

10.格差の拡大と個人消費の動向
(1) 消費は緩やかな回復基調
(2) 高収入層を中心とした消費の回復
(3) 企業の貯蓄超過は日本経済の歪みを拡大する

11.CSR(企業の社会的責任)と賃金・労働条件決定
(1) 企業におけるCSR推進と労働組合
(2) コンプライアンスの主要な柱
(3) 日本経団連のCSRに対する対応
(4) ステークホルダーに対する配分が適正かどうかもCSRの主要なテーマ

12.直近の経済情勢
(1) GDPの動向
(2) 景気指標の動向
(3) 物価の動向
(4) 雇用情勢




2005年闘争ミニ白書の発表にあたって

金属労協は昨年12月2日開催の第47回協議委員会において、2005年闘争に臨む金属労協の方針として「2005年闘争の推進」を決定し、これに基づいて、JC各産別はそれぞれ取り組みを進めつつあります。
日本経済は、これまで景気回復が続いてきましたが、原油高や、為替の不安定な動き、輸出の先行き不透明感など、景気回復の勢いが弱まることへの懸念材料が出てきています。一方、金属産業の企業業績は産業・企業によってバラツキがあるものの、史上最高益が見込まれる企業もみられるなど、全体としては好調に推移しています。
日本の金属産業の競争力は、生産現場と研究開発現場、素材や部品にかかわる関連企業などが一体となった総合力の強さによって支えられています。今後とも金属産業が日本経済を支える基幹産業として発展していくためには、技術力・開発力・現場力の一層の高度化を図り、独創性を高めながら独自の技術・技能を継承・発展させていくとともに、金属産業全体を強化していかなければなりません。
私たちは、こうした観点から、日本経済の成長や企業業績回復の成果を、職場実態に応じて総合労働条件に反映させるとともに、競争力の源泉である勤労者が能力を発揮し、やりがいを持って働くことのできる、基幹産業たる金属産業にふさわしい賃金水準の実現をめざして、産業間・産業内の賃金格差是正に取り組むこととしています。総合労働条件の向上が、職場組合員の活力を高めるとともに、企業の人材確保にもつながり、国際競争力の強化にもつながる好循環を生み出さなければなりません。
この「2005年闘争ミニ白書」は、協議委員会以降の経済動向や日本経団連「2005年版経営労働政策委員会報告」などにおける経営側の主張などを踏まえて、企連・単組における団体交渉に向けた基礎資料として作成したものです。また、このミニ白書は、実際に団体交渉のための資料づくりにあたられる、企連・単組の書記長あるいは調査部長、賃金対策部長といったみなさんを念頭において作成しています。若干技術的な部分も含まれていますが、ご一読のうえ、それぞれの状況に応じてご活用いただきますよう、お願い申し上げます。

2005年2月2日
全日本金属産業労働組合協議会
   (IMF−JC)
                        事務局長 團 野 久 茂
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人が財産、人がつくる現場力

−日本経団連「経営労働政策委員会報告」に対する見解−
2004 年12 月22 日
全日本金属産業労働組合協議会
(IMF−JC)

日本経団連は、12月14日、「経営労働政策委員会報告」を発表し、今次労使交渉に臨む経営側の姿勢を明らかにした。
経労委報告では、「労使による人材力の育成こそが企業発展の源泉」としている。しかし「現場力」の低下を懸念し、「人材」「知的熟練」の維持・向上の視点に立っているにもかかわらず、雇用、賃金に関する経営側の考え方は、むしろ「現場力」低下を加速しかねないと言わざるを得ない。
雇用の安定、公正な労働条件の確立、教育・訓練の充実など、働く者の貢献に報い、やりがいを高めるために、企業自ら実践すべき課題は多い。「人」を単なる経営資源と見ることなく、「人」を財産として活かし、現場力を高めるべく、以下の諸点について見解を示すこととする。

1.「現場力」の復活・向上について
経労委報告では、「『3つの過剰』(設備、債務、雇用)が解消の方向に進みつつある」との認識を示している。しかしながら、その結果、雇用は減少し、労働条件の質も大きく低下した。現場は、人員削減等によって職場要員がギリギリの状況となっているために、労働の過密化や、コミュニケーション不足を引き起こし、教育・訓練の機会等のゆとりを喪失している。さらに、経営が認識する以上に雇用形態が多様化し、職場によっては非典型雇用者が過半を占めていることもあり、技術・技能の継承・育成が不十分になっている。こうしたことが、職場災害の増加などにあらわれる「現場力」の低下をもたらしていることは、日本経団連も指摘している通りである。単に「『現場主義』の確立と徹底」「組織に対する責任感、組織を支える一員としての倫理観を徹底」することで解決できるものではない。
金属労協では、こうした実態を踏まえ、36協定特別条項の見直しに伴う要員確保を含めた取り組みの強化や、非典型雇用者受け入れにあたっての労使協議の充実を図ることとした。定期的に労使協議を行う体制を整え、職場で発生している問題点、労働時間や働き方のあり方、職場の秩序維持や安全確保などについて論議を深めることが、現場力の向上には不可欠である。
同時に、非典型労働者を含めた現場力を向上するために、公正処遇の確立も図らなければならない。
「現場力」を強化し、企業の競争力を高めるためには、ヒューマンな長期安定雇用を基本としながら、長期的な視野に立った人材育成を図っていくことが必要である。企業自ら、雇用の安定と教育・訓練の充実を図り、働く者が能力を発揮することができる環境を構築していかなければならない。

2.賃金決定のあり方
創造的技術、知的熟練を維持・向上するためには、「努力すれば報われる」ことが個々人の賃金水準で実感できることが第一であり、将来にわたり安定した生活が見通せることが重要である。
「ベースアップ」については、これまでも各企業労使が、物価を含めた経済情勢、産業・企業の動向、働き方、社会的賃金水準や企業の賃金実態・あるべき姿を踏まえた、真摯な話し合いによって、ベアの有無を含めた賃金決定、配分のあり方を決定してきた。産業間、産業内の賃金格差が拡大する一方で、企業業績が回復している現在、企業労使の自主的な賃金決定を尊重することが、日本経済の発展のためにも必要となっている。
日本経団連は、「市場横断的な横並び」「全従業員の賃金カーブの毎年の一律的底上げ」という理由によって、ベースアップを否定しているが、そのことが、成果配分の社会性をも否定しているのであれば、容認することはできない。
同様に、定期昇給制度についても「廃止を含めて制度の抜本的改革を急ぐべき」と主張しているが、個別企業の仕事や働き方の実態を踏まえて制度導入してきたものであり、年齢・勤続年数を重視した働き方を処遇する上で有効に機能している。また、年齢ごとの生計費の違いや標準的なスキルパスは存在しており、これに応じた制度的昇給の仕組みが不可欠である。
なお、経労委報告で「企業規模が小さくなるにつれて付加価値に占める人件費(労働分配率)の比率は高くなっている。企業規模・企業体質に見合った賃金決定は、経営の根幹にかかわる問題である」としているが、企業規模のみで一律的に賃金の抑制を図るかのような主張をすることは認めることはできない。加えて、総額人件費の抑制を目的に、成果主義賃金を導入することは容認できない。

3.総合的な労働条件の整備・改善と労働法制への対応
経労委報告では、労働法制の「一層の規制改革・緩和」を主張しているが、労働分野の規制緩和は、雇用の安定を損ない、労働条件の悪化を招き、階層化を加速するのみである。また、非典型労働者の生活を不安定にし、ニートや少子化の一因ともなっていることにも留意すべきである。現在の労働法制は、経済・社会や働き方の変化への対応が不十分であり、むしろ、変化に対応したセーフティネットを強化していく必要がある。安定した雇用の拡大に向けて、労使が英知を傾けなければならない。
金属労協では、少子・高齢化の進展など、経済・社会の変化に対応した、社会的に共通化すべき総合労働条件の構築をめざしている。労働時間や働き方、仕事と家庭の両立支援、60歳以降の就労確保など、さまざまな課題について、企業労使自らが率先して労働諸条件を確立し、さらに社会全体に波及させていくことが必要である。

4.労働時間行政に対する批判について
経労委報告では、労働時間に関する監督行政について、批判を行っている。
しかしながら、監督行政が強化された理由には、長期不況を背景とした人員削減によって超過労働が増大していることや、不払い残業を強要する経営者が未だに存在すること、過労死を含めたメンタルヘルスの問題が深刻化していることなどの現状がある。
このような状況の下では、日本経団連のいう社会の安定帯としての労使の役割をまず果たすために、不払い残業の撲滅、長時間労働の是正を図っていくことが必要である。こうしたことは、ゆとりある生活時間の確保によって仕事と生活の調和を図る、これからの新たなライフスタイルを構築する観点からも重要となっている。

5.格差の拡大、労働者の階層分化に歯止めを
「多様な雇用形態を最適に組み合わせ、環境変化への柔軟な対処と企業の競争力の強化を意
図した」ものである「雇用のポートフォリオ」は、勤労者の生活を不安定にし、労働条件の格差拡大をもたらし、階層分化を推し進めている。「能力・成果・貢献度」のみを強調した処遇制度は、生活の安定や、社会的な公正の視点が欠けている。
金属労協では、「JCミニマム運動の推進」によって賃金の下支えを図りつつ、職種銘柄を明確にしながら仕事や役割を重視した「大くくり職種別の賃金水準形成」によって、金属産業にふさわしい賃金水準の実現を図ることとしている。賃金、労働条件は、公正で納得性のある制度と水準の確立が不可欠である。
また、日本経団連が、産業別最低賃金について、「屋上屋を架す」として「廃止すべき」とする姿勢は容認できない。産業別最低賃金は、地域別最低賃金とは適用対象が異なることはもとより、産業労使の合意によって、公正な賃金水準を見出そうという理念に基づくものであり、その意味で地域別最低賃金とは異なる役割を担った制度である。公正競争の確保、産業内の賃金格差是正の観点からも重要な役割を担っており、今後とも継承・発展を図らなければならない。

以上
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概 論

1.勤労者に対する適正な成果配分を
金属労協は、日本経済の成長や企業業績回復の成果を職場実態に応じて総合労働条件に反映させるとともに、競争力の源泉である勤労者が能力を発揮し、やりがいを持って働くことのできる、基幹産業たる金属産業にふさわしい賃金水準の実現をめざして、産業間・産業内の賃金格差是正に取り組んでいます。
1990年代以降、今日に至るまで、国民経済ベースの労働分配率は低下傾向を続けており、2003年度には統計開始以来最低となっています。労働分配率低下は、勤労者の産み出した付加価値に比べ、勤労者への成果配分が相対的に低位となっていることを示します。労働分配率は不況期に上昇し、好況期に低下する傾向がありますが、わが国が戦後最悪の不況に陥り、名目GDPのマイナスが続く間も、勤労者への配分はそれ以上のマイナスが続いていました。また配分構造の歪みが拡大し、所得・資産・教育の格差拡大による階層の固定化が進行しています。
日本経団連は、2005年版経営労働政策委員会報告(以下、経労委報告)において、相変わらず、日本全体の経済状況からすれば賃上げの余地はほとんどないとしつつも、経済や企業業績の回復は働く人々の努力の成果でもあるから、業績の回復がみられる企業は、働く人の努力に対して積極的に報いる必要がある、短期的な企業業績の成果は一時金への反映が望まれるが、賃金についても、個別企業において各労使の責任のもとで水準を引き上げることは自由である、と指摘しています。
われわれは、賃金水準の国際比較などから、賃上げの余地はほとんどないとする日本経団連の認識は誤ったものである、と考えますが、少なくとも今次交渉において、勤労者への成果配分の必要性を打ち出した点は評価するところです。しかし、社会全体における成果配分のあり方、とくに日本社会における格差拡大、階層の固定化についての問題意識が希薄である点については、きわめて問題です。
勤労者が産み出した付加価値に比べて、勤労者に対する配分が過少であり、適正な成果配分
が行われなければ、所得格差の拡大、外需主導・輸出依存、円高など、わが国経済に様々な歪みをもたらし、産業経済の健全な発展と国民生活の安定・向上を阻害し、少子超高齢化への対応もますます困難となっていきます。国民経済の観点を踏まえ、各産業・企業の実情に即し、ベースアップ、一時金によって、勤労者への適正な成果配分を求めていくことが重要です。

2.ベースアップの意義
金属労協では、これまで、経済成長、物価動向、雇用情勢、付加価値生産性、産業動向、企業業績、賃金の社会性(社会的な賃金相場、賃金水準比較)などを総合判断した上で、産業・企業の実態を踏まえたあるべき賃金水準を設定し、その実現のために、労使の真摯な論議によって、ベアの有無や配分のあり方を決定してきました。
日本経団連は、「市場横断的な横並び」「全従業員の賃金カーブの毎年の一律的底上げ」という意味でのベアを否定していますが、そのことが、成果配分の社会性をも否定しているのであれば、容認することはできません。ベアは、上記のさまざまな要素を反映して、賃金表を書き換える作業であり、国民経済の動きを反映するベアの部分については、「市場横断的な横並び」すなわち社会全体の統一的なベアとなるのは当然のことです。
しかしながら、ベースアップの構成要素はそれだけでなく、賃金格差是正、産業動向や企業業績も反映されるわけですから、完全に「市場横断的な横並び」ではありえません。ここ数年の実績を見ても、労働側がより賃金格差是正、産業動向や企業業績を反映したベースアップを求めているのに対し、むしろ経営側のほうこそが、「ベアゼロという市場横断的な横並び」を図ろうとしてきています。2005年闘争においては、日本経団連は格差是正の観点などからベースアップをしなければならない、あるいは産業動向や企業業績の観点からベースアップのできる環境にある企業は、積極的にベースアップを実施するよう指導すべきであり、個別企業の経営側もそうした基本姿勢に立って交渉に対応すべきです。

3.低下しつつある日本の人件費水準
金属労協では、競争力の源泉である勤労者が能力を十分に発揮し、やりがいを持って働くことのできる労働条件を造りだすことが必要であるという観点に立って、高付加価値を生み出す金属産業にふさわしい総合労働条件確立をめざしています。
一方、日本経団連は、わが国の賃金水準が「国際的に見てトップレベル」であるとして、これ以上の引き上げは困難としています。
しかしながら、日本経団連が主張の根拠として掲げている数値は、各国で定義の異なるデータを並べたものであり、しかも、現金給与総額以外の人件費を含んでいません。定義を揃え、企業の社会保障負担や福利厚生を含めた人件費で国際比較すれば、わが国の水準は、先進国のなかで中低位に落ち込んできており、もはや「国際的に見てトップレベル」とはいえない状況にあります。
「競争は先進国間ではなく、中国など新興工業国としているのだ」という見方もあります。しかしながら、重要なのは勤労者が産み出した付加価値との比較で見た人件費の相対的な水準です。すなわち「付加価値あたりの人件費(=単位労働コスト)」で見れば、わが国金属産業ではG7各国のなかで最も割安であるばかりか、たとえば輸送用機器製造業などでは、韓国に比べても大幅に割安である、という結果になっています。

4.長期安定雇用を基礎とした国際競争力の強化を
金属労協では、金属産業の強化・発展には、競争力の源泉である勤労者が能力を十分に発揮し、やりがいを持って働くことのできる労働条件や環境条件を創り出すことが必要である、との考え方に立って、「ヒューマンな長期安定雇用」によって勤労者の雇用と生活の安定を図ることが基本である、と考えています。
一方、経労委報告では、「現場力」は多くの人が長期間にわたる実践的な経験を積み重ね、継続的な蓄積を通じて得られるものであり、雇用と労働条件を長期的に安定させてこそ、安心して、時間をかけて能力・意欲の向上に取り組むことができる、また日本企業は、従来から「人を大切にする姿勢」を経営の根幹に据えてきたし、いまのような時代にあっても、人と人とのつながりを重視した日本的経営のよさを再確認すべきである、などと主張しており、こうした考え方はわれわれと同様です。しかしながら一方、同じ日本経団連が主張している「雇用のポートフォリオ」は、こうした考え方とは相容れないものです。
世界各国で、有期雇用の比率が拡大しつつありますが、なかでもわが国は、先進国中で最高水準となっています。もちろんパートや派遣で働きたいとする勤労者の側のニーズもありますが、一方で、正社員として働くことができなかったために、やむをえず有期雇用として働いている勤労者も多いことを看過することはできません。
ものづくり産業、とりわけ世界最先端の新商品を自社で開発している企業、あるいは高度な擦り合わせ技術・技能、作りこみ等の技術によって、高品質、高機能部品を複雑に組み合わせて製造しているような企業では、技能職、専門職についても、長期安定雇用を基本として、高度熟練の技術・技能、あるいは現場の情報や知恵、ノウハウなどを蓄積していくことが絶対に必要です。

5.JCミニマム運動による賃金の下支え
失業率の高止まりや雇用形態の多様化など、労働市場や雇用構造が大きく変化しており、賃金水準低下や賃金格差の一層の拡大が懸念される状況になっています。春季生活闘争による相場波及力が弱まっていることからも、企業内における賃金決定を、未組織労働者を含めた社会全体に波及させ、公正な賃金水準の確立と金属産業における賃金水準の下支えを図ることが重要です。金属労協では、こうした観点から、JCミニマム(35歳)、最低賃金協定、法定産業別最低賃金の取り組みによって金属産業全体の賃金の下支えを図っていきます。
また、法定産業別最低賃金は、基幹的労働者に適用される最低賃金であり、全ての労働者に適用される地域別最低賃金とは、役割・機能が異なる制度です。未組織労働者にも適用される、「わが国唯一ともいえる企業の枠を超えた産業別労働条件決定システム」であり、「産業別に形成される賃金の下支え」と「公正競争の確保」という役割・機能を発揮すべく、今後とも継承・発展を図っていかなければなりません。

6.賃金制度整備といわゆる成果主義賃金に関して
金属労協は、いわゆる成果主義賃金に関して、

○単に人件費抑制に主眼を置いた制度改定を行えば、モラール維持、技術・技能の継承・育成を危うくする。
○賃金・処遇制度改定にあたっては、労働組合が制度設計・運用・苦情処理など各段階で積極的に関与し、仕事の能力・成果を適正に反映させる、透明で納得性の高い制度確立が重要である。

などの考えを主張してきました。
一方、経労委報告においても、評価基準の合理性・客観性確保、勤労者の長期的なテーマへの取り組みや困難な課題へのチャレンジの評価、自社の身の丈にあった制度の構築など、具体的な改善の方向性が示されました。しかし、これまで、経労委報告の主張に沿っていわゆる成果主義なる賃金制度へ改定した企業においては、職場の実態を無視した制度の導入などによって混乱を招いた所も少なくありません。日本経団連は、むしろ、今回の改善の方向性について責任を持って推進する必要があります。とくに、賃金制度が整備されていない中小企業においては、職場の実態を踏まえながら、制度の設計、運用、苦情処理の各段階で、労使協力した取り組みを作り上げるようにすべきです。

7.長時間化する労働時間
金属労協では、「第2次賃金・労働政策」において、「仕事・社会・家庭生活の調和」を打ち出し、年間総実労働時間1,800時間の早期実現による、ゆとりある生活時間の確保を主張しています。しかしながら、近年、所定外労働時間の増加、年次有給休暇の取得率の低下により、金属産業の労働時間は年間総実労働時間が2,000時間を超えるという由々しき状況に立ち至っています。36協定の特別条項の見直しへの対応も含め、要員配置を含めた労働時間短縮の取り組みを強化していかなければなりません。
日本経団連は、経労委報告において、労働時間管理強化を図る厚生労働省の施策を強く批判するとともに、ホワイトカラー・エグゼンプションの導入を主張しています。しかしながら、労働法による労働時間の規制は、長時間労働を防止することに本来の趣旨があり、それによって人間らしい労働条件と生活を保障するものです。超過労働手当の支払いと、労働時間管理は別の問題であり、勤労者が健康を維持し、通常の個人生活、家庭生活、社会生活をおくるためには、労働時間には一定の枠が必要です。超過労働が恒常的に行われ、労働時間管理も不徹底で、不払い残業も存在する一方、年休が完全取得できないような状況のもとでは、ホワイトカラー・エグゼンプションの導入を認めることはできません。

8.仕事と家庭の両立支援のための次世代育成支援対策推進法、育児・介護休業法への対応
2002年9月に厚生労働省がとりまとめた「少子化対策プラスワン」では、「子育てと仕事の両立支援」中心の従来の取り組みに加え、「男性を含めた働き方の見直し」等の視点も含めて、総合的な取り組みが進められることになりました。これを踏まえて2003年7月に成立した「次世代育成支援対策推進法」では、各企業に対して、子育ては男女が協力して行うべきものとの視点に立ち、仕事と家庭の両立支援のための制度整備のみならず、超過労働の削減など働き方の見直しに資する多様な労働条件の整備を求めています。「次世代育成支援対策推進法」では、301人以上を雇用する事業主に対して、「行動計画」の提出を義務づけており、300人以下の企業についても、同様の努力義務があるとしています。少子化対策として実効性のある制度とするためには、「行動計画」の立案、実施に労働組合が積極的に参加し、勤労者の意見を反映していく必要があります。
また、2005年4月1日からは、「改正育児・介護休業法」が施行されます。仕事と家庭の両立を図ることのできる観点から、勤労者のニーズや企業の実態を踏まえつつ、法を上回る制度導入や運用の改善を図っていくことをめざしていきます。

9.高齢者雇用安定法の改正と60歳以降の就労確保
金属労協では、年金満額支給開始年齢との接続による生計費の確保、技術・技能の継承・育成による産業・企業基盤の強化、ともに社会を支え、活き活きとした高齢者生活を実現する観点から60歳以降の就労確保に取り組んできました。60歳以降就労確保の3原則として、@働くことを希望するものは、誰でも働けること、A年金満額支給開始年齢と接続すること、B60歳以降就労するものについては、引き続き組織化を図ること、を掲げて、取り組みを進めています。
2006年4月から、65歳までの継続雇用制度の導入(2013年までに段階的引き上げ)を柱とする改正高齢者雇用安定法が施行されます。労使協定によって、継続雇用制度の対象となる労働者に関わる基準を定めることができるとされていますが、法の趣旨を踏まえながら、60歳以降就労の3原則に基づいた制度を早期に導入していくことが必要です。

10.格差の拡大と個人消費の動向
近年、わが国における所得・資産・教育の格差が拡大し、このことが勤労者の雇用と生活に対する将来不安を招き、国民生活全体の安定と向上を危うくするばかりでなく、わが国の活力を失わせ、産業経済の健全な発展を阻害することが懸念されています。
わが国の強み、とりわけ金属産業を中心とするものづくり産業の強みは、現場の力にあるわけですから、こうした現場の活力を喪失させる格差拡大は全くの誤りです。
このところ消費は回復基調となっていますが、収入階層別に見れば、中高収入層で収入・所得・消費が大幅増となっている一方、中低収入層では、微増ないしほとんど横ばいに止まっています。高収入層では、消費の伸び率が所得の伸び率を上回っていますが、こうした現象は、これまで我慢をしてきた消費が、所得環境の改善により、一気に解き放たれた状況にあることを示しています。格差縮小によって、広く勤労者全体の収入・所得の増加を図り、雇用と生活に対する将来不安を払拭して、幅の広い安定的な消費拡大を実現していかなければなりません。

11.CSR(企業の社会的責任)と賃金・労働条件決定
金属労協は「CSR推進における労働組合の役割に関する提言」を策定し、企業でCSRを実践する「主体」であるばかりでなく、最も重要なステークホルダーである従業員の代表たる労働組合が、CSRの推進に積極的に参画していかなければならないことを主張しています。
具体的には、CSRに関する社内体制づくりや、社内体制の見直しに労働組合が参画するとともに、CSR委員会など社内横断的な委員会に労働組合の代表が参加する、モニタリングについても労使連携を図ることなどが不可欠です。
そうしたなかで、日本経団連も経労委報告においてCSRに関して触れていることは、高く評価できます。コンプライアンス(法令遵守)、ビジネス・エシックス(企業倫理)ばかりでなく、これからの賃金・労働条件のあり様においても、CSRの観点が不可欠だからです。
結局、勤労者に関わるCSRでもっとも重要なことは、労働基準法をはじめとする労働法規を遵守し、海外の事業拠点を含めて、基本的人権、中核的労働基準を遵守し、従業員に対して適正な成果配分を図ること、つねに賃金・労働条件、職場環境の向上をめざしていくこと、であるといえます。

12.直近の経済情勢
わが国経済は、2002年春以降、景気回復を続けてきましたが、2004年夏ごろより、原燃料の輸入価格の高騰や天候不順による生鮮食品の値上がりに対応した、日銀による事実上の金融引き締めなどを背景に、やや減速感が見られるところとなっています。しかしながら、景気指標の落ち込みは比較的軽微に止まっており、速やかな回復が期待されるところとなっています。
政府経済見通しによると、名目GDP成長率は2004年度実績見込みで0.8%、2005年度見通しが1.3%となっています。
物価は、輸入物価の高騰が続き、国内企業物価上昇率は2%程度で推移しています。しかしながら、こうした状況は消費者物価には波及しておらず、消費者物価上昇率は2004年10月から12月までは、生鮮食品の値上がりによってプラスとなっていたものの、2005年1月には再びマイナスに転じています。
2004年12月の完全失業率は4.43%と改善傾向が続いていますが、依然として高水準となっています。また、完全失業率の改善は正社員以外の雇用の増加によるものとなっており、正社員の雇用は減少傾向が続いています。<ページのトップへ>



個別項目における詳細説明

1.勤労者に対する適正な成果配分を
(1) 統計開始以来最低となった労働分配率
日本経団連が2003年12月に発表した、2004年版経労委報告では、付加価値と人件費の関係である労働分配率の上昇に関して、強い懸念を示していました。しかしながら今回の2005年版では、労働分配率については規模別比較以外に触れられていません。
その理由としては、
@労働分配率が、日本経団連としても否定できないほど、低下してきている。
A労働分配率の分母たる付加価値生産性が改善し、人件費に配分する余地が大きくなっている。
ということが考えられます。
2005年1月に同じく日本経団連が発表した「2005年版春季労使交渉・労使協議の手引き」(以
下、手引き)では、「高止まりする労働分配率」と題するページ(33ページ)がありますが、本文を読むと、
○2000年以降は下降している。
○バブル崩壊以前の水準にまでは低下していない。
と指摘しており、事実上、労働分配率の低下を認めるところとなっています。

「手引き」では、「バブル崩壊以前(=バブル期)の水準にまでは低下していない」と述べていますが、国民経済ベースの労働分配率(雇用者1人あたり名目雇用者報酬÷就業者1人あたり名目GDP)を見ると、実はバブル崩壊直後の93年度には67.2%だったのが、2003年度には62.2%に低下しています。(図表1)


後述するように、労働分配率は不況期に上昇し、好況期に低下する傾向がありますが、2003年度の62.2%という水準は、かつての高度成長期よりも、そしてバブル経済の時よりも低い、GDP統計開始以来最低の水準です。
とりわけ近年の動向を見ると、2002年度には労働分配率の分母である「就業者1人あたり名目GDP」の成長率が0.4%のプラスとなっているのに対し、分子である「雇用者1人あたり名目雇用者報酬」の増加率は、逆に1.8%のマイナスとなっています。2003年度も同様で、1人あたりGDPが0.8%のプラスなのに、1人あたり雇用者報酬は1.2%のマイナスです。戦後最悪の大不況から今日の景気回復に至る98年度以降の6年間で、「雇用者1人あたり名目雇用者報酬」の増加率が、「就業者1人あたり名目GDP」の成長率を上回った年は1回(2001年度)しかありません。(図表2)

2004年度に入ってからも、就業者1人あたり名目GDP成長率が、4〜6月期、7〜9月期とも前年比1.0%のプラスとなっているのに対し、雇用者1人あたり名目雇用者報酬の増加率は、4〜6月期△0.5%、7〜9月期△0.8%とマイナスを続けています。
国民経済ベースで見た労働分配率のとり方について

日本経団連は、2003年版経労委報告では、「雇用者所得(ママ)(JC注:雇用者報酬のこと)÷国民所得」という定義の労働分配率の推移をグラフで示し(P.58)、「企業の付加価値に占める人件費の割合=労働分配率も上昇して」いると主張していました。(P.57)

金属労協はこれに対して、
○日本経団連が根拠としている「雇用者報酬÷国民所得」というデータは、分母に自営業者が産み出した付加価値を含んでいるので、先進国としては自営業者の比率が大きく、廃業が進む(自営業者が雇用者化する)過程にあるわが国では、上昇する傾向を持っている。従って、この労働分配率が上昇しているからといって、「企業経営を圧迫している」とはいえない。
○「雇用者報酬÷国民所得」では、分母に減価償却が含まれていないのでこれも上昇傾向をもつことになる。分子の雇用者報酬には、雇用者の減価償却(=子供の養育費)が含まれているのだから、分母にも減価償却が含まれてしかるべき。

と指摘し、勤労者への付加価値の配分の度合いを評価するための指標として、従来より
○自営業者が雇用者化する影響を受けない。
○分母の付加価値に減価償却(固定資本減耗)も含まれている。
というふたつの条件をクリアする、
雇用者1人あたり名目雇用者報酬÷就業者1人あたり名目GDP

という労働分配率を用いています。
なお日本経団連は、2004年版経労委報告、ならびに今回の2005年版でも、「雇用者報酬÷国民所得」という労働分配率を掲載していません。
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(2) 企業規模別に見た成果配分の動向
日本の金属産業の競争力は、現場における生産技術の高さ、技術・技能の集積、製品開発力・技術開発力の高さ、素材・部品の品質・開発力の高さなど、生産現場と開発部門、メーカーと素材や部品を供給するサプライヤーが一体となった、「総合力」の強さによって支えられています。技術力・開発力の一層の高度化を図り、国際競争力を引き続き維持・強化していくためには、産業間格差を是正し、金属産業にふさわしい賃金水準を形成して、勤労者の能力発揮を図るとともに、産業内格差の是正により、金属産業全体としての社会的な賃金水準形成が不可欠です。
しかしながら、経労委報告において日本経団連は、・企業規模が小さくなるにつれて付加価値に占める人件費の比率は高くなっている。企業規模・企業体質に見合った賃金決定は、経営の根幹にかかわる問題である。(経労委報告P.52)などと主張、単純な企業規模による賃金水準の格差を容認し、むしろそれを当然視しています。
同じ中小企業といっても状況は様々ですから、企業規模が小さいから賃金は低くてよい、などという考え方は言語道断です。またそれだけでなく、たとえ一般的な傾向として、大企業に比べて中小企業の労働分配率が高いとしても、大企業と中小企業では、そもそもビジネスモデルが違うのですから、中小企業の労働分配率を下げるべきだ、という理屈にはなりません。同じ産業であっても、ビジネスモデルが違えば、同じ土俵で労働分配率の高低を論ずることはできません。
労働分配率の高低を論ずる前に、売上高に占める付加価値の比率を、製造業において企業規模別に見てみましょう。財務省の法人企業統計(2003年度)によれば、売上高に占める付加価値の比率は、大手企業で19.7%、中堅企業で22.0%、中企業で26.4%、小企業で40.2%となっており、企業規模が小さくなるほど、高くなる傾向にあります。しかしこれを見て、規模が小さい企業のほうが儲けている、と考える人はいないでしょう。そうではなくて、このことは企業活動において、付加価値の配分先である、従業員や役員という「人」の果たす役割が大きいということを示しています。(図表3)


具体的に付加価値の配分先の内訳を見ると、もっとはっきりします。付加価値に占める「役員」に対する配分の比率は、企業規模が小さくなるほど高くなっています。大手企業では1.0%にすぎませんが、中小企業では33.3%に達しています。もし仮に、中小企業における労働分配率の高さが問題なのならば、役員に対する配分の高さも問題にしなければなりません。しかしながらこれは、規模の小さい企業ほど経営者の能力や個人資産に依存した経営であるために、役員に対して厚めの配分をすることが、ある程度合理性を持っているのです。
一方、企業それ自体に対する配分(内部留保と減価償却)の比率は、企業規模が大きくなるほど高くなっています。これは、中小企業では、経営者の個人資産が企業の内部留保と同じ役割を果たしているために内部留保が少ないということのほか、大手企業ほど設備投資が巨額になってくること、すなわち、設備に依存したビジネスモデルになっていることが理由であると考えられます。
こうしたなかで、従業員に対する配分の比率は、大企業60.1%、中堅企業66.6%、中企業65.6%、小企業53.4%となっており、中企業、小企業では、むしろ企業規模が小さくなるほど従業員に対する配分の比率が低くなっているのが特徴です。「人」に依存したビジネスモデルであるにもかかわらず、従業員に対する配分が不十分な実態が浮き彫りとなっています。
わが国金属産業の競争力が、メーカーとサプライヤーが一体となった総合力で維持されていることからすれば、産業内格差の是正により、金属産業全体としての基幹産業にふさわしい賃金水準を形成していかなければなりません。(図表4)

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(3) 国民経済の観点も踏まえ、勤労者への適正な成果配分を
日本経団連は、先回2004年版経労委報告において、

・人件費の総額が変わらないとしても、付加価値が減少すれば、労働分配率は上昇する。(P.43)
・デフレ下においては、他の商品やサービスに比べて賃金水準だけが変化しないという賃金の下方硬直性がより顕著に表われ、これの雇用に与える影響が懸念される。(P.45)
などと主張していました。しかしながら現実には、
○拓銀、山一證券などの破綻に象徴されるこの戦後最悪の大不況下において、付加価値が減少する以上に、人件費が減少した。
○2002年春以降の景気回復によって付加価値生産性が向上する一方、人件費は減少を続けた。
ということがいえます。

労働分配率は、本来ならば日本経団連が主張するとおり、賃金の下方硬直性によって不況期
には上昇するはずのものです。
しかしながら、日本では従来から、
○賃金引き上げの交渉を毎年行っているところが多い。
○所定外賃金の比率が高い。
○一時金の比率が高い。
ことにより、人件費の下方硬直性が乏しく、柔軟なものでした。
加えて最近では、
○賃金・処遇制度の見直しにより、人件費の抑制・引き下げが行われてきた。
○正社員以外の雇用の比率が増大している。
ことにより、人件費の変動費化がますます進んでいます。日本では、少なくとも国民経済ベースで見れば、「賃金の下方硬直性」、「不況期の労働分配率の上昇」は幻想にすぎません。

人件費が下方硬直性を持っていて、不況期に労働分配率が上昇するということであれば、不況でも個人消費がそれほど落ち込まず、個人消費が経済のビルト・イン・スタビライザー(自動安定化装置)の役目を果たして、景気底割れを防ぐ効果を持ちます。
残念ながらわが国の人件費は、不況期に下方硬直性を持っておらず、変動費化=柔軟化はますます進んでいます。人件費の変動費化は、個別企業の経営者にとっては、目先の経営を楽にすることになるかもしれませんが、そのつけは、勤労者生活と国民経済全体にしわ寄せされているのだということを忘れてはなりません。
内閣府が2004年12月に発表した「日本経済2004」によると、日本では、先進国の平均に比べて、景気拡張期(好況)の期間が短く、景気後退期が長い、と指摘されています(図表5)。

一般に、労働市場が硬直的であると景気循環の期間が短い、との分析がありますが、不況期でも労働分配率が低下する日本経済は、これには該当しません。むしろ、個人消費が、経済のビルト・イン・スタビライザーの役目を果たしていないことも影響しているのではないか、と考えられます。

こうした現状の下で、仮に、賃金・労働条件の抑制を図るようなことがあれば、源資が過少であることによる配分の片寄りと所得格差の拡大、企業の貯蓄超過と家計貯蓄の落ち込みによる内需不足、外需主導・輸出依存型の成長、財政赤字の拡大など、わが国の経済構造に歪みが生じることになります。そうなれば、産業経済の健全な発展と国民生活の安定・向上を阻害するとともに、子育ての費用を勤労者が負担することができず、少子化をますます促進し、ひいては公的年金財政の一層の悪化を招き、超高齢化への対応をますます困難なものとします。国民経済の観点も踏まえ、各産業・企業の実情に即し、ベースアップ、一時金によって、勤労者への適正な成果配分を行っていくことが重要です。<ページのトップへ>


(4) 日本経団連も経済・企業業績回復の勤労者への成果配分を容認
労働分配率の低下は、勤労者が産み出した付加価値に比べ、勤労者に対する成果配分が十分に行われていないということを示しているわけであり、その意味はきわめて重要です。
日本経団連も経労委報告では、

・賃金決定は中長期的な経営や生産性の確たる見通しのもとに決定することが不可欠である。現実に、賃金は簡単には下げられず、その上昇が固定費の増加に直接つながるわけで、単年度の業績や短期間の生産性の動向だけで賃金決定を行なうべきではない。(P.54)
・激しい国際競争と先行き不透明な経営環境が見込まれるなかでは、国際的にみてトップレベルにある賃金水準をこれ以上引き上げることは困難である。(P.54)
・国民経済レベルにおいては、日本全体の高コスト構造を是正していくために、経営コストにもっとも大きな比重を占める賃金を適正な水準に抑制することが、生産性基準原理の観点からも不可欠である。
個別企業の賃金決定は個別労使が話し合いで決めるが、日本全体の経済状況をみるならば、総じて賃金引き上げの余地はほとんどないことを改めて強調しておきたい。(P.55)

などと主張しつつも、一方では、

・経済や企業業績の回復は働く人々の努力の成果でもあるから、今次春季労使交渉においては、業績の回復がみられる企業は、働く人の努力に対して積極的に報いる必要性があろう。(P.6)
・賃金についても、個別企業において各労使の責任のもとで水準を引き上げることは、それぞれの判断において自由であることは当然である。(P.6)

と指摘しています。2002年以降の景気回復と企業収益の改善のなかで、日本経団連としても、2005年闘争における、勤労者に対する成果配分を容認せざるをえない状況にある、といえます。<ページのトップへ>


(5) 企業収益ベースで見た勤労者への成果配分の状況
2004年12月に発表された日銀「短観」においても、製造業(全国・規模計)の人件費は、98年度から2004年度見込みまで、7年連続で前年を下回って推移しています。このため売上高人件費比率も、98年度には15.08%であったのが、2004年度見込みでは13.14%と、6年間で1.94ポイントも低下しています。一方で、売上高営業利益率は同じ7年間で2.86%から4.95%へ2.09ポイント上昇しており、ちょうど人件費の削減分が、そのまま営業利益になっていることになります。
また、金属産業では、この間の売上高人件費比率の低下幅は16.20%から13.81%へと2.39ポイントとなっており、製造業全体を上回っています。さらに、売上高営業利益率は2.10%から4.87%へと2.77ポイント上昇しており、人件費の削減分を超える利益を上げていることがわかります。(図表6)



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(6) 企業業績が一時金に適正に反映されているかどうかは検証が必要
経労委報告では、勤労者への成果配分に関して、

・短期的な企業業績の成果については賞与・一時金への反映を協議する姿勢が望まれる(P.55)
としています。

しかしながら、平成16年版労働経済白書の分析によれば、90年代末までは、一時金の増減率と売上高経常利益率との間にきわめて強く、明確な相関関係が見られていましたが、98年年末一時金をきっかけに、相関関係がかなり弱くなっています。しかも、同じ売上高経常利益率においても、以前より低い一時金しか支払われていない、という状況になってきています。
日本経団連はベースアップではなく一時金で成果配分をと主張していますが、各産業・企業労使における短期的な企業業績の成果が、一時金に適正に配分されているかどうか、慎重に検証していくことが重要です。(図表7)

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2.ベースアップの意義
(1) 日本経団連のベア否定論
金属労協では、これまで、経済成長、物価動向、雇用情勢、付加価値生産性、産業動向、企業業績、賃金の社会性(社会的な賃金相場、賃金水準比較)などを総合判断した上で、産業・企業の実態を踏まえたあるべき賃金水準を設定し、その実現のために、労使の真摯な論議によって、ベアの有無や配分のあり方を決定してきました。
一方、2005年経労委報告では、

・もはや市場横断的な横並びの、いわゆる「ベースアップ(ベア)」要求をめぐる労使交渉は、その役割を終えた。(P.54)
・個別企業においても、賃金管理の個別化が進むなかでは、全従業員の賃金カーブの毎年の一律的底上げという趣旨での「ベースアップ(ベア)」についても、その機能する余地は乏しいといえよう。(P.55)
・個別企業レベルにおいては、大幅な生産性の向上や人材の確保などのために賃金の引き上げが行なわれる場合があろうし、逆にやむを得ず、賃金引き下げに迫られる事態も生じうるが、今後、これらは「賃金改定」と称すべきと考える。(P.55)

と主張し、「ベースアップ」という言葉、そしてその考え方自体を否定しようとしています。
そもそもベースアップとは、前述のように、経済成長、物価動向、雇用情勢、付加価値生産性、産業動向、企業業績、賃金の社会性(社会的な賃金相場、賃金水準比較)などを反映して、賃金表を書き変える作業です。
経労委報告のいう「賃金管理の個別化」とは具体的に何を指すのか、正確にはわかりませんが、一部の賃金コンサルタントなどが主張するように、賃金表そのものをなくしてしまい、経営者の一方的な恣意によって勤労者個人ごとに賃金を決定する、という方式にするのでない限りは、経済がずっとゼロ成長が続き、物価も未来永劫全く上がらないなどということは考えられませんから、賃金表の書き換えは不可欠であり、従っていくら日本経団連がベースアップの名前や考え方を否定しようとしても、否定し切れるものではありません。ベースアップの存在意義は普遍的なものです。
経済成長や物価上昇、賃金の社会的な相場、産業動向などは、特殊な場合を除いては、基本的には、勤労者個人の成果によって影響されるものではなく、従ってそれらを反映するのは賃金表の書き換えであるベースアップに他なりません。個人の成果に報いるための賃上げは、賃金表上における移動です。
企業労使の判断で、特定の職種や層に対して、賃金表の書き換えを厚くする場合もありますが、それはあくまでもベースアップ源資の重点的な配分にすぎず、ベースアップでないわけではありません。

日本経団連はベースアップを「市場横断的な横並びの」ものである、と主張していますが、ベースアップのうち、経済成長や物価上昇、労働市場など国民経済の動きを反映した部分については、「市場横断的な横並び」であることは当然です。
日本経団連が、

・国民経済レベルにおいては、日本全体の高コスト構造を是正していくために、経営コストにもっとも大きな比重を占める賃金を適正な水準に抑制することが、生産性基準原理の観点からも不可欠である。
個別企業の賃金決定は個別労使が話し合いで決めるが、日本全体の経済状況をみるならば、総じて賃金引き上げの余地はほとんどないことを改めて強調しておきたい。(P.55)

と主張しているのは、むしろ賃金決定に「市場横断的な横並び」の部分があることを認めていることになります。
しかしながら、ベースアップの構成要素はそれだけでなく、賃金格差是正、産業動向や企業業績も反映されるわけですから、完全に「市場横断的な横並び」ではありえません。ここ数年の実績を見ても、労働側がより賃金格差是正、産業動向や企業業績を反映したベースアップを求めているのに対し、むしろ経営側のほうこそが、「ベアゼロという市場横断的な横並び」を図ろうとしてきています。2005年闘争においては、日本経団連は、格差是正の観点などからベースアップをしなければならない、あるいは産業動向や企業業績の観点からベースアップのできる環境にある企業は、積極的にベースアップを実施するように指導すべきであり、個別企業の経営側もそうした基本姿勢に立って交渉に対応すべきです。<ページのトップへ>


(2) 定期昇給制度
定期昇給制度は、年齢の上昇に伴う生計費の増加や、勤続年数の増加による職務遂行能力の向上を反映するための制度です。これまで、個別企業の仕事や働き方の実態を踏まえて制度導入し、制度の実施が生活の安定と労働意欲の向上にもつながってきました。
それぞれの産業の特性によって、能力形成が長期的に行われ、従って勤労者の貢献に対しても、長期的に報いることが有効な場合と、比較的短期間に能力形成が行われ、短期的に貢献に報いることが適した場合とがあります。前者の場合には、定期昇給制度が能力の形成と発揮にきわめて有効であることは当然ですが、後者の場合でも、年齢ごとの生計費の違いや、標準的なスキルパスは存在しており、これを反映して勤労者に「労働条件に対する安心感」をもたらす上で、定期昇給は不可欠のものといえます。

経労委報告では、定期昇給制度について、

・毎年だれもが自動的に昇給するという定昇制度が未検討のままに残っているとすれば、廃止を含めて制度の抜本的な改革を急ぐべきであろう。(P.54)

と主張していますが、奥田会長による序文においては、

・デジタル化することのできない、アナログ的な技術やノウハウ、たとえば知的熟練=不確実性に対応するノウハウといったものの価値が急速に高まっている。そうした能力を育てる力こそが、「現場力」の源泉である。これは、多くの人が長期間にわたる実践的な経験を積み重ね、継続的な蓄積を通じて得られるものであり、自ずと人材が育成される職場の風土として定着するものであろう。(P.4)
・「現場力」は一朝一夕に成るものではない。雇用と労働条件を長期的に安定させてこそ、安心して、時間をかけて能力・意欲の向上に取り組むことができる。(P.5)

と主張しています。定昇制度は、まさに「長期間にわたる実践的な経験の積み重ね」「安心して、時間をかけて能力・意欲の向上に取り組む」ことを促進し、評価する制度にほかなりません。<ページのトップへ>


(3) 就業者1人あたりの名目GDP成長率が国民経済上の配分の目安
前述のように、国民経済ベースの労働分配率は、

雇用者1人あたり名目雇用者報酬÷就業者1人あたり名目GDP

ですから、国民経済ベースでは、好況でも不況でも、インフレでもデフレでも、労働分配率を
一定に保つような考え方、

雇用者1人あたり名目雇用者報酬増加率=就業者1人あたり名目GDP成長率

すなわち、雇用者1人あたりの人件費の伸び率を「就業者1人あたり名目GDP成長率」に見合ったものにするという、逆生産性基準原理(=付加価値生産性基準原理)が、ベースアップのうちの国民経済を反映する部分の基軸となります。そして、これに賃金格差是正や、産業動向、企業業績を反映させるというのがベースアップの基本的な考え方です。

日本経団連のベア否定と生産性基準原理復活の兆し

日本経団連は、1970年以来、「生産性基準原理」を賃金改定交渉における経営側のマクロ的な目安としていましたが、これは、1人あたりの人件費の上昇率(注:定昇は基本的には内転源資なので、これに含まれない)、国民経済ベースでいうと、雇用者1人あたり名目雇用者報酬増加率を、中長期的に国全体の実質国内経済生産性上昇率、すなわち「就業者1人あたり実質GDP成長率」に見合ったものにするという考え方です。

雇用者1人あたり名目雇用者報酬増加率=就業者1人あたり実質GDP成長率

ということになります。
国民経済ベースの労働分配率は

雇用者1人あたり名目雇用者報酬÷就業者1人あたり名目GDP

ですから、生産性基準原理の下では、分子は「就業者1人あたり実質GDP成長率」に見合って変
化し、分母の変化は「就業者1人あたり名目GDP成長率」となります。このため物価が上昇して
いる(インフレ)場合には、

分子の増加率< 分母の増加率

となって、労働分配率が低下します。生産性基準原理は、インフレの時には、「労働分配率低下原理」として作用します。

一方、物価が低下している(デフレ)場合には、名目成長率が一定であれば、物価が下がれば下がるほど、賃上げ率が高くなるということになってしまいます。
例えば政府経済見通しの2004年度実績見込みでは、

  実質GDP成長率=2.1%
  就就業者増加率=0.2%
∴ 就業者1人あたり実質GDP成長率=1.9%

ということになります。生産性基準原理に従えば、2004年度には1.9%のベア(定昇除く)ということになりますが、現実にはそういう対応にはならないわけで、デフレの下では、生産性基準原理は経営側にとって用無し、むしろ有害というわけです。ですから、2004年版の経労委報告では、これに一切言及せず、脇に置いていました。しかしながら2005年版では、

・国民経済レベルにおいては、日本全体の高コスト構造を是正していくために、経営コストにもっとも大きな比重を占める賃金を適正な水準に抑制することが、生産性基準原理の観点からも不可欠である。(P.55)

として言及しており、「生産性基準原理」を復活させる兆しを見せています。
ベースアップの否定と「生産性基準原理」の復活は共に、近い将来デフレが解消し、物価上昇率がマイナスからプラスに転換した場合に、物価の上昇を反映したベースアップを阻止する狙いが、込められているものと考えられます。
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3.低下しつつある日本の人件費水準
(1) 先進国のなかで中低位に落ち込んだ日本の人件費水準
日本経団連は経労委報告において、

・激しい国際競争と先行き不透明な経営環境が見込まれるなかでは、国際的にみてトップレベルにある賃金水準をこれ以上引き上げることは困難である。(P.54)

と主張しています。しかしながら、アメリカ労働省のとりまとめたところによれば、2003年における製造業・生産労働者の時間あたり人件費は、日本が20.09ドルとなっており、デンマークの32.18ドル、ノルウェーの31.55ドル、ドイツの29.91ドルのほぼ3分の2程度の水準に止まっています。アメリカの21.97ドル、フランスの21.13ドル、イギリスの20.37ドルと比べても、これらを下回るところとなっています。アメリカ労働省が集計しているアメリカ、ヨーロッパ、ならびにアジア新興工業国計31カ国のなかで、13位にすぎず、とても「国際的にみてトップレベル」などといえた水準とはいえず、むしろ先進国のなかでも、中位から低位に属するといわなければなりません。
金属産業について見ても、とりわけ金属製品製造業、一般機械器具製造業、電気機械器具製
造業などで、低さの目立つところとなっています。(図表8)


経労委報告では、賃金の国際比較の一覧表(P.53)を一応掲載していますが、この表は注記に「各国ごとに統計の取り方が異なるため、厳密な比較は困難である」としているように、

○経労委報告で掲載しているデータは、日本の「実労働時間あたり賃金」と米独の「支払対象時間あたり賃金」を比較したもので、定義の異なる賃金を一緒に並べている。
○現金給与以外の法定内外の福利厚生費を含んでおらず、「コスト」としての国際比較上、適切ではない。

という問題点があり、これをもって、わが国の人件費コストが高いかどうかは判断できません。

「支払対象時間あたり賃金」というのは、大雑把にいえば、所定労働時間と所定外労働時間を足したもので、所定内実労働時間と所定外労働時間の和である「実労働時間」との違いは、「支払対象時間」には「有給休暇の取得分」が含まれており、数値が大きくなるということです。「時間あたり賃金」は支給された賃金を労働時間で割って算出するので、「支払対象時間あたり賃金」は、「実労働時間あたり賃金」に比べて分母が大きくなり、結果として賃金は低く算出されてしまいます。ドイツのような国は年次有給休暇が長いので、その影響はきわめて大きくなります。

支払対象時間あたり賃金と実労働時間あたり賃金

「支払対象時間」とは、日本的な表現をすれば、おおむね

所定労働時間−無給欠勤時間+超過労働時間

のことである。欧米の生産労働者は時間給が基本となっているが、支給される賃金総額は、

{時間給×(所定労働時間−無給欠勤時間)}+(割増賃金×超過労働時間)+一時金

となる。この総額を、

支払対象時間=所定労働時間−無給欠勤時間+超過労働時間

で割ったものが「支払対象時間あたり賃金」である。
一方、支給総額を、

実労働時間=所定労働時間−無給欠勤時間−有給休暇取得分+超過労働時間

で割れば、「実労働時間あたり賃金」ということになる。
すなわち、「支払対象時間あたり賃金」は、「実労働時間あたり賃金」に比べて、分母が「有給休暇取得分」だけ大きくなるので、金額が低くなってしまう。

なお、かつては、日本経団連は日本の賃金水準を「先進諸国のなかでもトップレベル」としていましたが、2004年版経労委報告では、「世界のトップレベル」に改められました。これは、日本の賃金水準が、相撲でいえば前頭レベルであり、相撲界全体では「トップレベル」に位置するとしても、幕内だけで比べれば「トップレベル」とはいえないことを事実上認めたものといえます。2005年版では「国際的にみてトップレベル」とさらに語感がトーンダウンしています。(「手引き」では「世界のなかでトップレベル」と表記)

日本経団連が示している賃金の国際比較のデータに基づいて、
○実労働時間あたりに揃える。
○賃金だけでなく、法定内外の福利厚生費も加えた時間あたり人件費で揃える。
という加工を行うと、日本を100として、アメリカは110.1、ドイツは124.4ということになり、
前述のアメリカ労働省のデータとほぼ同様の傾向になります。(図表9)


一般的に「日本は福利厚生費の割合が高いのでは」という思い込みがありますが、日本は主要先進国のなかで、社会保障関係の費用などが低いために、賃金(現金給与総額)に対する賃金以外の人件費の比率が比較的に低いことに留意しなくてはなりません。(図表10)


なお経労委報告では、

・所定内給与の引き上げは、総額人件費をほぼ自動的に1.7倍引き上げることになる。(P.52)

と指摘しています。日本では、所定内賃金に対して、一時金や所定外賃金の比率が高い以上、当然のことです。あたり前のことを、さも問題であるかのように書きたてるのは、フェアな姿勢とは言い難いところです。
賃金を引き上げれば、企業の社会保険料負担に跳ね返るのは事実です。今後、社会保険料負担の拡大は不可避ではありますが、負担増を可能な限り圧縮するのは、社会保障制度の制度設計の問題であり、賃金抑制によるべきではありません。

わが国製造業の時間あたり人件費が、先進国のなかで中低位にまで落ち込んでしまった原因としては、
1.わが国の人件費水準が伸びていない一方、アメリカやヨーロッパ諸国の人件費は上昇を続けている。
2.ユーロなどヨーロッパの為替レートが対ドルで高騰しており、対ドルレートが比較的安定している日本に比べて、ヨーロッパの人件費水準が高く計算される。
という2つの理由によるものです。(図表11)


もちろん、国際競争は現実の為替レートのもとで行われているわけですから、「ヨーロッパの人件費は、為替レートのせいで高く見えるだけだ」という理屈は通用しません。<ページのトップへ>


(2) わが国の人件費水準と為替レートの関係
85年9月のプラザ合意は、当時1ドル=230円程度であった為替レートを円高方向に誘導するものでしたが、これは、日米の製造業の労働コストの格差を為替レートによって調整する、というアメリカ政府の明確な意思によるものでした。
プラザ合意に先立つ85年3月、アメリカの主要調査会社データ・リソーシズ社は、ベンツェン・米上下両院合同経済委員長の要請に基づいてレポートを提出しましたが、このレポートは、
○1984年の日本の製造業コストはアメリカの71%であった。
○労働コスト、資本コスト、エネルギーコストのなかで、日米の製造コストの差の最大の原因
となっているものは、労働コストである。アメリカを100として比較すると、日本は84年に60であった。
○日米2国間の製造コストを長期的に均衡させるためには、1ドル=237円ではなく、1ドル=168円程度でなければならないということである。
と主張しています。
ちなみに、アメリカを100として、資本コストは日本が96で、日米がほぼ同水準、エネルギーは日本が188で日本のほうが高コストとなっていました。86年のわが国経済白書では、「円高は、輸出関連企業の賃金等を含む労働コストをドル建てでみて引き上げ、より国際的に均等化させる」ものであると指摘しています。(図表12)


実際、円高の落ち着いた87年以降は、ほぼアメリカと日本の労働コストがイコールになる水準で、為替レートは推移しています。95年にはいわゆる「逆プラザ合意」によって、円安方向への転換が容認されることになりましたが、この時点では、実際の為替レートがプラザ合意の時とは逆に、日米の労働コストがイコールになる為替水準よりも、円高に振れていたことは注目されるところです。(図表13)


為替レートは、1.長期的には物価水準の違いを反映し、2.短期的には金利差を反映する、といわれています。しかしながら、プラザ合意以降の円レートについては、その決定要因は、労働コスト格差であると判断できます。

90年代末以降、アメリカの貿易赤字は再び急速に拡大しつつありますが、中国をはじめとするアジア諸国の台頭により、アメリカの貿易赤字に占める対日赤字の比率は縮小してきています。とはいえ、依然として巨額なものであることは変わりありません(図表14)し、また、アメリカのアジア諸国からの輸入が、日本からの輸入の代替である部分も大きいことは否定できません。そうした点からすれば、対日赤字の比率が縮小したとはいえ、為替変動要因は基本的に変化したと見ることはできません。ユーロは対ドルで大幅に上昇しており、中国の人民元も、変動幅の拡大ということで、事実上切り上げが行われる方向となっています。2003年の時点のデータでは、わが国の労働コストは、アメリカに比べて低くなっており、その点からすれば、為替は円高方向になりやすい状況であるといえます。実際、2004年には対ドルで円高方向に振れています。円レートの安定を図るためには、適正な人件費水準の確保によって、
1.日米労働コストの均衡を図る。
2.個人消費を中心とした内需拡大により、外需主導・輸出依存型の経済体質とならないようにしていく。
ことが重要といえます。

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(3) 付加価値あたり人件費(単位労働コスト)の国際比較
為替レートで比較した人件費も重要ですが、もっと重要なのは、1単位の付加価値をどのくらいの人件費で稼ぎ出したか、という付加価値あたり人件費=単位労働コストです。
日本経団連も、2003年版経労委報告において、

・国際競争にさらされる産業においては、総人件費の水準のいかんという問題に加え、「生産単位当たり
の人件費」という効率性の評価が重要である。(=単位労働費用)(P.39)

と主張しています。
2003年版、ならびに2004年版経労委報告では、主要国の単位労働コストを掲載していますが、これによると、製造業については、少なくともドイツ、イギリスは、単位労働コストがわが国よりも割高となっています。2005年版経労委報告では、単位労働コストに関して言及されていませんが、これは、わが国の単位労働コストが、先進各国のなかで、きわめて低い水準となってしまったことによるものと思われます。

OECDの資料から算出した金属産業の単位労働コストは、日本を100として、イギリス138.0、ドイツが130.0、アメリカが117.3、フランス、イタリアが104.1となっており、主要国のなかで日本の人件費がもっとも割安ということになります。(図表15)


金属産業の各業種においてもほぼ同様の傾向となっており、とりわけ輸送機器製造業では、日本を100として、イギリス205.1、ドイツ169.3、イタリア141.3、アメリカ131.0、韓国121.8、フランス100.1とわが国の単位労働コストの割安さが際立つところとなっています。なかでも韓国に比べても割安であることは注目されるところです。<ページのトップへ>


4.長期安定雇用を基礎とした国際競争力の強化を
(1) 長期安定雇用を基礎とした国際競争力の強化を
経労委報告では、

・デジタル化することのできない、アナログ的な技術やノウハウ、たとえば知的熟練=不確実性に対応するノウハウといったものの価値が急速に高まっている。そうした能力を育てる力こそが、「現場力」の源泉である。これは、多くの人が長期間にわたる実践的な経験を積み重ね、継続的な蓄積を通じて得られるものであり、自ずと人材が育成される職場の風土として定着するものであろう。(P.4)
・「現場力」は一朝一夕に成るものではない。雇用と労働条件を長期的に安定させてこそ、安心して、時間をかけて能力・意欲の向上に取り組むことができる。(P.5)
・「交易立国」、「科学技術創造立国」の源泉となるのが、人材のもつ総合的な力、「人材力」の質的水準の向上である。企業において求められるのは、国際競争のなかで十分にリーダーシップを発揮し、価値創造のためにもてる力を最大限活用できる人材である。もちろん、企業活動を支える多くの人々の人材力の底上げをはかることも重要である。(P.17)
・日本企業は、従来から「人を大切にする姿勢」を経営の根幹に据えてきたし、いまのような時代にあっても、人と人とのつながりを重視した日本的経営のよさを再確認すべきである。(P.31)
・人材を活かす企業は、従業員に生きがいを与え、魅力ある企業として認知される。そのことが結果的に、企業がすぐれた人材を確保するための大きな要因となる。(P.31)
・従業員に対しては、雇用と労働条件の安定に努め、組織に対する責任感、組織を支える一員としての
倫理観を徹底することが不可欠である。(P.47)
・日本の企業の競争力を支えているのは現場の従業員である。いわゆるブルーカラー、ホワイトカラーを問わず、従業員は職場での経験を通じて技術・技能を高めていく(P.47)
などと指摘し、従来にも増して、長期安定雇用の意義を強調しています。こうした考え方はわれわれと全く同じものです。
しかしながらこれは、同じく日本経団連が提唱している「雇用のポートフォリオ」の考え方とは相容れないものです。(図表16)


日本経団連が2003年4月に発表した、「産業力強化の課題と展望−2010年におけるわが国産業社会−」では、民間が主導する産業力強化の基本方向として、
1.最先端技術の開発と産業化
2.新しいサービス業の出現・拡大
3.既存産業の効率化・高付加価値化
を掲げていますが、産業力強化のための人件費抑制などは、ひとことも主張していません。むしろ、このなかでは、「良質な雇用機会の確保」こそが産業力強化の目的であるとしています。
「世界的な研究開発拠点を日本国内において形成・発展させ、これを中核として新たな技術創出を推進し、成果としての技術・製品を事業化する」ことによって、「わが国の優位性を維持・強化していく」ことをめざすならば、当然といえるでしょう。

日本経団連のなかにおいても、必ずしも「雇用のポートフォリオ」一辺倒ではなく、「雇用のポートフォリオ」推進の考え方と、長期安定雇用を基礎としてわが国の競争力を確保し、将来を切り開いていこうとする考え方とが混在しているといえます。
金属産業が、今後とも日本の基幹産業として発展していくためには、高付加価値製品の開発・生産を軸としながら海外生産拠点との棲み分けによって、国際的な役割分業を図らなければなりません。ものづくり産業、とりわけ世界最先端の新商品を自社で開発している企業、あるいは高度な擦り合わせ技術・技能、作りこみ等の技術によって、高品質、高機能部品を複雑に組み合わせて製造しているような企業では、技能職、専門職についても、長期安定雇用を基本として、高度熟練の技術・技能、あるいは現場の情報や知恵、ノウハウなどを蓄積していくことが絶対に必要です。<ページのトップへ>


(2) 多様な人材の活用と多様な雇用形態との混同
日本経団連は、経労委報告において、

・多様な発想、価値観をもつ人々の協力・協働が、大きな成果をもたらす。(P.4)
・「多様性」という面においては、働く人にも多様なニーズがあるとともに、企業も多様な人材を必要としている。それらが最善に組み合わされ、多様で適応力の高い組織をつくり上げていくことが必要であり、それを可能とするさまざまな働き方の選択肢を準備し、それぞれに最適な人事処遇制度を構築していかなければならない。(P.5)
・国籍、性別、年齢などさまざまなバックグラウンドをもつ人材に活躍の場を提供しつつ、多様性が生み出すダイナミズムが創造力を誘発して、企業の活性化・繁栄をもたらす仕組みをつくっていく必要がある。(P.30)
・21世紀における企業の人事管理の主目標は、「多様性をもった適応力の高い組織の形成」であり、これを実現する経営が課題となる。雇用・就業形態の多様化は、雇用機会の創出・拡大、人件費管理の効率化という観点だけでなく、企業の存続・発展のため、創造性溢れる組織風土を実現していくためにも重要である。(P.31)
・1995年に、日経連は、「雇用のポートフォリオ」(雇用の最適編成)を提唱したが、これは多様な雇用形態を最適に組み合わせ、環境変化への柔軟な対処と企業の競争力の強化を意図したものである。さらに、昨今では、労働者派遣や請負など、直接雇用以外の人材活用も増加しており、これらも含めた人材活用の最適ポートフォリオの追求が重要となっている。(P.32)

などと主張しています。
「多様な発想、価値観をもつ人々の協力・協働」が重要なことを、否定する人はいないでしょう。しかしながら、多様な人材に活躍してもらうということと、雇用形態を多様化するということは、必ずしも結びつかないはずです。「多様な発想、価値観をもつ人々」に長期にわたって仕事をしてもらってこそ、「多様性が生み出すダイナミズムが創造力を誘発して、企業の活性化・繁栄をもたらす」ことができます。<ページのトップへ>


(3) 日本では、諸外国に比べて有期雇用の比率が高い
労働力調査・詳細集計による2004年7〜9月調査では、役員を除く雇用者に対する非正規の職員・従業員(パート・アルバイト、派遣・契約・嘱託、他)の比率は、31.5%となり、前年同期比で1.3ポイント増加しています。
労働政策研究・研修機構が発行している「データブック国際労働比較2005」によれば、2002年における就業者に占めるパートタイマーの比率は、日本が25.1%となっているのに対し、イギリス23.0%、ドイツ18.8%、カナダ18.7%、フランス13.7%、アメリカ13.4%、イタリア11.9%に止まっており、日本がG7諸国中最高を記録しています。男子だけをとって見ても、パートタイマーの比率はG7最高となっています。「パートタイマー」の定義について、日本は週実労働35時間未満、他の国々は週所定30時間未満となっていますが、日本では、パートタイムの労働時間が正社員に比べて必ずしも短時間ではないことからすれば、無理な比較ではありません。
またアメリカのデータは、分母が就業者ではなくて雇用者ですので、他の国々よりも数字が高めに出ることになりますが、それでも日本より大幅に低くなっています。
2002年における、雇用者に占めるテンポラリー雇用者の比率は、日本が13.5%に対し、フランス14.1%、カナダ13.0%、ドイツ12.0%、イタリア9.9%、イギリス6.1%、アメリカ4.0%(2001年)となっており、G7諸国でフランスに次いで高い水準になっています。なお、このデータでは、日本の定義は「日々または1年未満の雇用期間の者」であり、一部の派遣労働者などが入っておらず、他の国々に比べ、むしろ定義が狭くなっています。(図表17)

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(4) 勤労者のニーズにあった働き方の選択肢拡大を
日本における雇用形態の多様化は、経営者による賃金の抑制や雇用の柔軟化を目的に拡大しているため、正社員・非正社員間の賃金・労働条件に大きな格差があり、勤労者のニーズに合った選択肢の拡大とは、言い難いものになっています。
勤労者の側にも正社員という働き方ではなく、パートや派遣といったかたちでの雇用形態に対する一定のニーズもありますが、派遣労働者、契約社員のうちの実に4割が、正社員として働くことができなかったために派遣労働者になっている、という事実に目をつぶってはなりません(図表18)。また、3割を超える非正社員が他の就業形態に変りたいと考えており、そのうち8割以上が「正社員」を希望しています。


厚生労働省の「2003年度就業形態の多様化に関する総合実態調査結果」によれば、企業が非正社員を雇用する理由の第一にあげているのは、「賃金の節約のため」であり、51.7%に達しています。次いで、「1日、週の中の仕事の繁閑に対応するため」が28.0%、「景気変動に応じて雇用量を調整するため」が26.5%となっています。
また、2002年の一般労働者に対するパートタイム労働者の賃金水準は、男性が39.1%、女性が53.2%となっています。1990年には男性が45.9%、女性が58.9%であったことと比較すると、賃金格差は拡大傾向になっているといえます。(図表19)



経労委報告では、

・企業は、多様な価値観や考え方をもつ個人が、安心して働き方を選択でき、働きに応じて処遇される仕組みをつくっていく必要がある。(P.32)
・過去10年程度の「就職超氷河期」に学校を卒業した若年者については、かなりの素質をもちながら、やむなく派遣、アルバイトとして就業せざるを得なかった人も多いと考えられる。(P.37)
と述べています。

「人を大切にする姿勢」(P.31)を経営の根幹に据えるのであれば、勤労者のニーズにあった働き方の選択肢拡大を図ることが大切です。そのためには、雇用の安定や均等待遇の実現によって、勤労者の生活の安定を図り、勤労者がやりがいを持って能力を発揮することができる処遇を実現しなければなりません。さらに、年齢・性別にかかわらず働くことのできる条件整備のために、仕事と家庭の両立支援や、60歳以降の就労確保のための制度充実を図っていくことが必要です。<ページのトップへ>


(5) 派遣期間の延長など労働者派遣法の規制緩和は認められない
経労委報告では、

・派遣期間の延長にともない派遣先に派遣労働者の雇用契約の申し込み義務を課しているが、派遣契約期間や直接雇用への切り替えなどは、本来当事者間の契約自由に委ねるべきで、このような不自然な規制は撤廃すべきである。(P.49)
・いわゆる自由化業務の派遣期間制限(3年)、製造業の派遣期間制限(1年)についても、早急に期間延長すべきである。(P.49)

と主張しています。
しかしながら、労働者派遣は、法制上「臨時的・一時的な労働力需給調整システムのひとつ」として位置づけられており、期間を限定した働き方であることを念頭に置く必要があります。
派遣期間をさらに延長するのであれば、テンポラリー雇用としての性格を失い、単なる勤労者の階層化につながることになります。法の趣旨を踏まえれば、派遣可能期間を超えて派遣労働者を使用する場合に、雇用契約の申し込みを義務化することは当然のことといえます。
国際的に見れば、平均派遣期間はアメリカで約2週間、イギリスで約9週間、フランスで約2.15週間、ドイツでは1週間以上3カ月未満のものが51.4%を占める(労働政策研究・研修機構まとめ)という状況になっており、これらの国々では日本と異なり、「労働力需給調整システム」としての性格が明確となっていることがわかります。
派遣労働者のコストが正社員よりも低く、雇用調整が容易であるために、正社員から派遣労働者への代替が進んでいますが、労働者派遣法の目的のひとつは、労働者派遣が長期雇用者の代替となり、長期雇用システムを侵食しないようにすることにあることを忘れてはなりません。
派遣期間の拡大などの労働者派遣法の規制緩和は容認することはできないものです。<ページのトップへ>


(6) 派遣労働など非典型雇用者の受け入れに関する労使協議の充実
近年、有期雇用者の急速な増大や、アウトソーシングが急拡大しているなかで、実態としては労働者派遣である「偽装請負」など、さまざまな問題が指摘されています。派遣労働と請負は、指揮命令系統や管理責任が異なるものです(図表20)。


労働者派遣法改正に伴い、請負に対する監督指導が強化されていますが、法の遵守はもとより、賃金、労働時間、安全衛生など、幅広い労働条件について、労使協議を行うなどの具体的な取り組みを行うことによって、非正社員の公正な処遇条件の確立に向けた労働組合の関与を高めていくことが必要です。
また、派遣労働者については、労働者派遣法の改正によって、1年を超える期間、派遣労働者を受け入れる場合、労働組合に対する意見聴取が企業に義務づけられました。1年以内の派遣労働者の受け入れや他の非正社員の受け入れも含め、職場の秩序維持、職場の安全確保の観点から、非正社員の受け入れ数や職場で発生している問題や職場への影響などについて、定期的に労使協議を行う体制を整え、労使協議を充実していくことが重要です。<ページのトップへ>


(7) フリーター、ニートなど、若年者雇用問題への対応
経労委報告では、若年者の雇用問題について、

・若年層の雇用問題が深刻化したもっとも大きな原因の1つは、若年層に対する求人の不足である。(P.36)

と指摘した上で、

・企業が若年者に対する有意義な雇用機会を増やす(P.37)
・実力があれば基幹的な人材へ登用していく人事制度を整備することが必要(P.38)
との考え方を述べています。

フリーターやニートの増加など若年者の雇用問題は、技能形成期に高度な技能を蓄積できないことによって、若年者本人がキャリア形成を図ることができないばかりでなく、個別企業にとっても技能継承などの面で問題を抱えることになります。さらには、将来のわが国経済を支える人材の確保が困難になり、ゆくゆくは経済社会の活力や国際競争力を維持できなくなる恐れもあります。国際競争が激化するなかで、高付加価値化による競争力強化を図るためにも、企業の将来を担う人材の確保・育成を図ることが重要であり、そのことは、日本経済・社会の安定的な発展のためにも必要となっています。

労働政策研究・研修機構が、2003年11月に実施した「ビジネス・レーバー・モニター調査」では、新卒採用の抑制が引き起こす問題点について、企業の回答をまとめています。そのなかでは、「年齢構成がいびつになったこと」によって「近い将来に中堅層の基幹社員が不足する」ことへの懸念や、「技術を伝承すべき人材の不足」「先輩から後輩へのノウハウの伝達の分断」など、技能伝承問題が課題に挙げられています。
また、2004年3月にUFJ総研が「フリーターの長期予測とその経済的影響の試算」を発表しています。この調査によれば、正社員の平均年収が387万円、生涯賃金が2億1,500万円であるのに対して、フリーター(内閣府の定義では、15〜34歳で、パート・アルバイト(派遣含む)または働く意思のある無職の人)の平均年収は106万円、生涯賃金は5,200万円となっており、
年収格差は3.7倍、生涯賃金格差は4.2倍に及んでいます。フリーターが正社員になれないことによる社会全体の経済的損失は、税収1.2兆円減少、消費額8.8兆円減少、貯蓄3.8兆円減少となり、名目GDPが潜在的に1.7ポイント下押しされると試算されています。

経労委報告では、「攻めのリストラ」への転換が強調されていますが、企業においても、中長期的な観点から、将来を担う人材の確保・育成に力を注ぐべきであるといえます。<ページのトップへ>


5.JCミニマム運動による賃金の下支え

(1) JCミニマム(35歳)と最低賃金協定
国内外の競争激化やデフレの長期化、それに伴う雇用形態の多様化などの労働市場の変化などによって、賃金水準の低下傾向や産業間・産業内の賃金格差の拡大が進行しています。また、仕事の成果を重視した賃金制度への改定によって、個人ごとの賃金の差異も一部で拡大してきています。
春季生活闘争による相場波及力が弱まっていることからも、企業内における賃金決定を未組織労働者を含めた社会全体に波及させ、公正な賃金水準の確立と金属産業における賃金水準の下支えを図ることが重要です。金属労協では、こうした観点から、JCミニマム(35歳)、最低賃金協定、法定産業別最低賃金の3つを柱とするJCミニマム運動を推進しています。(図表21)



「JCミニマム(35歳)」は、賃金がもつ生計費の側面を考慮しながら賃金水準の下支えを図る観点から、生計費や賃金実態等を総合的に勘案して210,000円と設定しています。35歳の金属産業労働者であれば、勤続年数、職務、評価にかかわらず、将来的にこれ以下をなくす運動として賃金水準を明確に下支えしていきます。(図表22)


また、企業内最低賃金協定については、18歳最低賃金を149,500円での締結を図っていきます。
企業内最低賃金協定は、企業における賃金の下支えであるとともに、法定産業別最低賃金申請のための合意を満たし、その水準にも影響を与えるものです。法定産業別最低賃金の取り組みとの連動を強化し、未組織労働者を含めた金属産業で働く勤労者全体の賃金の下支えを図ることが重要です。<ページのトップへ>

(2) 法定産業別最低賃金の意義と役割
経労委報告では、

・最低賃金制度については、すべての労働者を対象とする地域別最低賃金制度が設定されている状況を鑑み、これに屋上屋を架す形で設定されている産業別最低賃金は廃止すべきである。(P.49)

と主張しています。
しかしながら、地域別最低賃金が全ての労働者に適用される賃金のナショナルミニマムであるのに対して、産業別最低賃金は、産業や職種ごとに年齢や業務などの適用範囲を定めたいわゆる「基幹的労働者」の最低賃金であり、役割と機能が異なっており、たとえば「屋上屋」というような批判は的はずれです。
日本の賃金構造を見ると、仕事の質や働き方などの違いを反映して、産業や職種による賃金相場が形成されています。地域別最低賃金の全労働者に対する影響率(最低賃金の引き上げによって直接賃金が引き上げられる労働者の割合)はわずか1%程度、所定内賃金に対する水準は35%程度に過ぎず、地域別最低賃金のみでは、多くの産業にとって賃金の下支えとしての機能が乏しい状況にあります。産業別最低賃金は日本の賃金秩序に適合した実効性のある賃金の下支えとして重要な役割を果たしており、産業・企業ごとの賃金格差が拡大するもとで、賃金水準の下支えを図る観点や、さらに、産業内における公正競争の確保にも欠かせないシステムとなっています。
また近年、雇用の流動化や雇用形態の多様化など、労働市場が変化する一方で、仕事や職種を要素とした賃金決定の傾向も強まっており、産業・職種ごとの最低賃金の重要性が高まっています。産業別最低賃金は、未組織労働者にも適用される、「わが国唯一ともいえる企業の枠を超えた産業別労働条件決定システム」であり、「産業別に形成される賃金の下支え」と「公正競争の確保」という役割・機能を発揮すべく、今後とも継承・発展を図っていかなければなりません。(図表23)、(図表24)


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6.賃金制度整備といわゆる成果主義賃金に関して

金属労協は、いわゆる成果主義賃金に関して、「第2次賃金・労働政策」において、
○成果主義の名のもとに、単に人件費抑制に主眼を置いた制度改定を行えば、組合員の企業経営や人事政策への信頼感を低下させ、モラール維持、技術・技能の継承・育成を危うくする。
○賃金・処遇制度改定にあたっては、人材育成を図りながら、仕事の能力・成果を適正に反映させる、透明で納得性の高い制度確立が重要である。
○熟練度の高い技術・技能の維持・向上が基本となる技能系職種の場合、いわゆる成果主義賃金はなじまない。
○成果主義賃金を導入する場合は、対象となる従業員の範囲、導入形態、賃金体系における成果反映要素の位置づけなどを明確にし、職務分析により仕事の範囲と量を明確にすることが重要である。
○労働組合が制度設計・運用・苦情処理など各段階で積極的に関与し、公平性・納得性の高い制度にしていく必要がある。
と主張しています。

一方、経労委報告では、
・先行事例の貴重な経験を活かしつつ、労使の十分な意思疎通、話し合いを進め、各企業の実情に適した制度の導入・運用が重要である。(P.45)

と指摘した上で、

・能力・成果・貢献度に応じた処遇制度を適切に運用するためには、留意しなければならない点も数多い。(P.43)
・制度の設計にあたっては、評価基準の合理性、客観性に応じた適切な格差を設定することが重要である。格差のつけにくいところに無理に格差をつけたり、あいまいな基準による評価で大きな格差をつけたりすることは納得が得られにくい。(P.44)
・評価基準の策定や目標管理制度の運用にあたっては、長期的なテーマへの取り組み、困難な課題へのチャレンジ、目立たないが重要な仕事、後進の育成などが十分に考慮されるべきである。(P.45)
・経営トップ自らが制度を変えることの意義を認識して強い使命感と関与をもつこと、自社の身の丈にあった制度を構築すること、制度の技術的な部分だけを強調するのではなく、従業員のモチベーションに与える影響に配慮して、どうすれば全社的に実効性が高まるかについて真摯に考えること、が大事である。(P.45

との考え方を示しています。

経労委報告で提案しているような具体的な改善策は、いわゆる成果主義賃金を導入している場合だけでなく、従来型のいわゆる年功型賃金であっても不可欠な普遍的なものです。もともと、年功型賃金と成果主義賃金の違いは、前者が年齢給中心、後者が能力・成果・貢献度を評価する、というよりは、前者が従業員の生涯にわたる貢献を生涯にわたる賃金で報いようとするのに対し、後者は短期間で貢献と賃金とをマッチさせようとするものであるということです。
長期か、短期間かという違いはあるにしろ、従業員の貢献度合いに即して報いるということでは同じであり、従って、適切な評価、能力開発、役割の明確化というのは、どちらの仕組みにしても必要なわけです。
賃金制度は、制度設計、運用基準を明確にし、仕事と能力の向上が適正に評価される制度を構築し、透明で納得性の高い賃金・処遇制度を構築することが基本です。そのためには、労働組合が制度設計や運用に積極的に関与し、さらに日常のチェック機能および苦情処理機能の充実を図っていかなければなりません。
また、能力・成果・貢献度を重視した処遇制度を導入する場合においても、賃金が仕事の対価であるとともに、勤労者の生計費を賄うものでもあるという性格が変わるものではありません。仕事の能力発揮をするためには、生計費の安定的な確保によって、生活が安定していることが前提であり、勤労者にとって必要な生計費が最低限確保された制度とすることが必要不可欠です。<ページのトップへ>


7.長時間化する労働時間

(1) 生活との調和をめざす年間総実労働時間1,800時間の実現

金属労協では、「第2次賃金・労働政策」において「仕事・社会・家庭生活の調和」を打ち出し、ゆとりある生活時間の確保をめざしています。また、そのために、年間総実労働時間1,800時間の早期実現や、さまざまな長期休暇・休業制度の導入によって、ゆとりある生活時間の確保を主張しています。
厚生労働省労働政策審議会は、2006年3月末に期限が切れる「時短促進法」の改正に向けて、「今後の労働時間対策について」の建議を行いました。今回の改正は、働き方の多様化が進展するなかで、全労働者一律の目標を掲げる法律から、勤労者の実情に応じて、仕事と生活の調和を図る新たな働き方の実現を推進するものです。改正法の適用は2006年4月以降となりますが、法改正の趣旨を踏まえ、組合員のニーズや企業の実態に即した労働時間制度や運用のあり方、休業制度の充実など、労働時間や働き方に関わる幅広い課題について労使協議を充実させ、働き方の改善を図っていくことが必要です。
なお今後、厚生労働大臣による指針が定められることになりますが、指針では、1.労働時間等の設定の改善に関する基本的な考え方、2.長時間労働者の健康保持に資する労働時間等の設定の改善に関する事項、3.育児・介護、地域活動、自己啓発等を行う労働者の実情に応じた労働時間等の設定の改善に関する事項、4.年次有給休暇取得促進のための事項、など、個々の労使が具体的な取り組みを進める上で参考となる事項を掲げることになっています。また、弾力的な労働時間制度の活用により所定労働時間内での業務の完了をめざすことや、短時間勤務制度の導入、年次有給休暇の計画的付与制度の積極活用などについても、検討例として挙げられています。
また、次世代育成支援対策推進法では、事業主が行動計画を策定・実施し、行動計画に定めた目標を達成したことなどの一定の基準を満たした場合に事業主を認定する「認定制度」を設けています。そのなかでは、男性を含めた働き方の見直しの観点から、1.所定外労働の削減のための措置、2.年次有給休暇の取得の促進のための措置、3.その他働き方の見直しに資する多様な労働条件の整備のための措置、のいずれかを実施していることが認定条件のひとつとなっています。
また、連合の「2004生活アンケート」においても、「両立の負担感を軽減するために必要なこと」の第1は、「時間外労働削減」であると50.8%が回答しています。経労委報告においても、「従業員の働きやすさに配慮した子育て支援に、積極的な取り組みが求められよう」と述べられていますが、多様な働き方の選択肢の提供とともに、総実労働時間の短縮も重要な課題となっています。(図表25)


長時間労働を是正し、金属産業で働くすべての勤労者について年間総実労働時間1,800時間台を早期に実現する取り組みが重要となっています。同時に、ゆとりある生活時間の確保によって仕事と生活の調和を図る、これからの新たなライフスタイルを構築する観点からも、取り組みを進めていきます。<ページのトップへ>


(2) 日本の労働時間の現状
上記、「今後の労働時間対策について」では、日本の年間総実労働時間がおおむね1,850時間
程度となっているのは、パートタイム労働者の増加によるものであると指摘しています。(図表26)

フルタイム労働者の労働時間は、2003年度で2,016時間となり、2000年と比較すると17時間増加しました。金属産業のフルタイム労働者においても、鉄鋼業が2,090時間、非鉄金属製造業が2,054時間、金属製品製造業が2,118時間、一般機械器具製造業が2,110時間、電気機械器具製造業が2,024時間、輸送用機械器具製造業が2,102時間、精密機械器具製造業が2,032時間となっており、いずれの産業においても、2,000時間を大きく上回っています。
これに対して、厚生労働省の推計による2002年の年間総実労働時間(原則として製造業、生産労働者)は、日本が1,954時間、アメリカが1,952時間、イギリスが1,888時間、ドイツが1,525時間(1999年)、フランスが1,539時間となっています(図表27)


金属労協が毎勤統計から推計した2003年の金属産業生産労働者の年間総実労働時間は2,048時間となっており、他の国をさらに大きく上回っており、年間総実労働時間1,800時間台への早急な改善が必要となっています。
年間総実労働時間の増加傾向は、所定外労働時間の増加、年次有給休暇の取得率の低下が大きな要因となっています。製造業の所定外労働時間は、生産水準と連動して変動しますが、2002年以降の景気回復においては、生産水準の伸び以上に所定外労働時間の増加が著しい状況となっています(図表28)。また、年次有給休暇の取得率は年々低下傾向をたどり、全産業ベースでは、2001年以降、50%を下回るという状態になっています。(図表29)




(3) 過重労働による健康障害の防止の観点からの労働時間短縮
金属産業においても、企業間競争の激化によって、余裕のない要員配置となっていることから、超過労働が増加し、年次有給休暇の取得率が低下傾向となっています。36協定の特別条項の見直しに伴い、要員配置を含めた労働時間短縮の取り組みを強化していかなければなりません。
厚生労働省の調査によれば、仕事に強い不安やストレスを感じている労働者は6割を超えるなど労働者への負担は拡大する傾向にあります。脳・心臓疾患を発症したとして2003年度に労災認定された件数は310件を超え、このうち過労死の労災認定は157件となっています。また、精神障害による労災認定は108件であり、このうち40件が過労死の認定を受けています。
こうした状況を踏まえ、厚生労働省では、2002年2月には「過重労働による健康障害防止のための総合対策」の実施を決定し、36協定の限度時間の遵守をはかるため、2004年4月1日以降に締結される協定においては、特別条項における「特別の事情」が厳格化されることになりました。また2004年12月には、「今後の労働安全衛生対策について」が建議され、労働者の健康確保や過重労働による健康障害防止対策やメンタルヘルス対策を推進するため、労働安全衛生法が改正されることになっています。<ページのトップへ>


(4) 不払い残業の撲滅
経労委報告では、労働時間をめぐる労働監督行政に対する批判を展開していますが、監督行政が強化されてきた背景には、不払い残業の蔓延が背景にあり、経営者自ら襟を正し、法令遵守を図ることが先決です。2001年4月に「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」が示されており、労使協議によって労働時間管理を適正に行うためのルール作りを進めることがあわせて必要となっています。
連合が2004年6月に組合員2万人を対象に実施した「生活アンケート」によれば、35.3%が不払い残業をしていると答えています。不払い残業の平均時間は月7.6時間、超過労働に占める不払い残業の割合は平均で18.2%となっています。
また、連合総研が民間企業の雇用者を対象に2004年10月に実施した「勤労者の仕事と暮らしについてのアンケート」の調査結果によれば、不払い残業があるとの回答は36.8%となっています。超過労働時間の決定方法との関係では、「あらかじめ定められた上限の時間による」(68.6%)、「自己申告又はタイムカードをもとに上司等が調整する」(56.0%)などの管理方法で、賃金不払い残業が多くなっています。
こうした状況のもとでは、労働時間管理の徹底によって、直ちに不払い残業を撲滅しなければなりません。<ページのトップへ>


(5) ホワイトカラー・エグゼンプションと労働時間管理
日本経団連は、経労委報告において、

・多様な人々が創造的な成果をめざして働く職場では、一人ひとりが自分にとって働きやすい働き方を実現することが望ましい。企業の人事管理をはじめ、法制度や行政のあり方などを含めて、働き方の自由度を高めるための取り組みが必要不可欠となる。(P.5)
・仕事の成果が必ずしも労働時間に比例しない働き方が増大している現在では、労働時間法制の抜
本的改正が望まれる。すなわち、現行の裁量労働制は規制緩和の方向で大幅に見直すべきであるし、労働時間管理になじまない自律的な働き方が増えていることに対応するべく、ホワイトカラーについて、一定の限られた労働者以外については原則として労働時間規制の適用除外とする制度(ホワイトカラー・エグゼンプション制)を導入すべきである。(P.49)
・ホワイトカラーが高い生産性を実現するためには、こうした新しい発想にもとづく労働時間管理の緩和された枠組みを積極的に導入していくべきである。(P.49)
・工場法の時代の遺制を引きずる労働基準法などの関係法令を、今日の環境にふさわしいものに抜本的に改革する実りの多いものとなることを強く期待したい。(P.51)

などと主張しています。

しかしながら、労働法による労働時間の規制は、長時間労働を防止することに本来の趣旨が
あり、それによって人間らしい労働条件と生活を保障するものです。超過労働手当の支払いと、労働時間管理は別の問題であり、勤労者が健康を維持し、通常の個人生活、家庭生活、社会生活をおくるためには、労働時間には一定の枠が必要です。また、企業として勤労者のエンプロイヤビリティを求めるならば、当然、エンプロイヤビリティを身につけるための時間を、勤労者に提供しなければなりません。超過労働が恒常的に行われ、労働時間管理も不徹底で、不払い残業も存在する一方、年休が完全取得できないような状況のもとでは、ホワイトカラー・エグゼンプションの導入を認めることはできません。

急速に広がりつつある国際労働規格SA8000では、週の労働時間を所定外労働も含めて60時間に制限しており、これを超えて労働させることはできません。SA8000の労働時間規制は、労働時間法制をエグゼンプト(除外)される人達についても、エグゼンプトされません。裁量労働制であろうがエグゼンプトであろうが、およそ従業員の労働時間は、しっかりと管理され、通常の労働時間を超える労働は一定の時間に制限されるとともに、年次有給休暇は100%取得が当たり前とならなければなりません。<ページのトップへ>


(6) 海外における労働時間の動向
1.ドイツ、フランスにおける労働時間延長の動向

ドイツ、フランスにおける労働時間延長の動きが報道されていますが、こうした国々の労働時間は週35時間、年間1,500時間台であり、日本とは大きく異なっている現状をみれば、日本の労働時間を同列に論じることはできません。
なお、シーメンス社では、労働組合が週40時間労働を容認した補完協約を締結しましたが、これは、週35時間制を原則として定めた産業別労働協約を締結した上で、事業所を限定し、雇用維持などの条件をつけた限定的なものとなっています。
また、ダイムラークライスラー社においても、主力工場で週40時間制が導入されましたが、現業部門では労働時間延長は適用されません。代わりに、同種の仕事に従事する労働者と職員の給与体系を統合する包括基本労働協約(ERA)締結に伴う、賃金格差の是正による賃金上昇分を放棄することになります(2006年に2.79%に相当)。しかしながら、2002年に締結された労働協約に盛り込まれた、2002年6月から4.0%、2003年6月から3.1%の賃上げは実施されることに留意が必要です。同時に、16万人の従業員に対して、2012年までの雇用保障が取り決められています。(図表30)


2.アメリカにおけるホワイトカラー・エグゼンプションの動向
前述のように日本経団連は、幅広いホワイトカラー労働者を適用除外とするホワイトカラー・エグゼンプションの導入を主張しています。この問題については、アメリカと日本の労働時間法制の相違、労働時間の実態の違いに留意する必要があります。
アメリカでは、公正労働基準法(FLSA)によって、週40時間を超える労働に対して、賃金の1.5倍以上の時間外賃金を支払うことを義務づけています。ホワイトカラー・エグゼンプションは、管理的労働者、運営的労働者、専門的労働者、外勤セールス労働者、コンピューター関連労働者が一定要件を満たした場合に、この規定から適用除外(エグゼンプト)する制度です。職務の性質上、自分自身で時間を管理することになります。
この制度は、2004年8月に改正されました。主な改正は、1.最低俸給または報酬水準の引き上げ(週155ドル以上→週455ドル以上)、2.2種類あった判断要件の一本化、3.高額報酬要件の新設、などです。
○管理的労働者(Executive Employees)の場合には、1.主要な職務が、会社またはその部・課の管理であること、2.定常的に2人以上の労働者を指揮命令すること、3.他の労働者を採用もしくは解雇する権限を有しているか、採用・解雇・昇進や他の労働者の身分の変更について、その者の推薦が特に重視されていること。
○運営的労働者(Administrative Employees)の場合には、1.主要な業務が、会社または顧客の経営方針や事業運営全般に直接に関連するオフィス業務または非肉体的業務の遂行であること、2.主要な業務のなかに、重要な事項に関して裁量権と独立判断を行うことが含まれること。
などの要件を満たさなければなりません。
また、年収100,000ドル以上で、管理的、運営的、専門的労働者のいずれかの要件の内の1つ以上を定常的に行うオフィス業務または非肉体労働者であれば、適用除外の対象となります。
一方、1日未満の控除は認めず、実労働日数や労働時間にかかわらず予め定められた賃金が支払われる俸給ベースの支払いを原則とすることは維持されました。
抜本改正によって、エグゼンプトの対象者が拡大することとなりましたが、改正によってノンエグゼンプトからエグゼンプトとなった者のうち、実際に所定外賃金を受給していた(すな
わち残業や休日出勤をしていた)雇用者は比率としては多くないと見られます。多くの従業員が恒常的に所定外労働を行っているわが国とは、根本的に状況が違うことに留意しなければなりません。<ページのトップへ>


8.仕事と家庭の両立支援のための次世代育成支援対策推進法、育児・介護休業法への対応


2002年9月に厚生労働省がとりまとめた「少子化対策プラスワン」では、「子育てと仕事の両立支援」中心の従来の取り組みに加え、「男性を含めた働き方の見直し」等の視点も含めて、総合的な取り組みが進められることになりました。
これを踏まえて2003年7月に成立した「次世代育成支援対策推進法」では、各企業に対して、子育ては男女が協力して行うべきものとの視点に立ち、仕事と家庭の両立支援のための制度整備のみならず、超過労働の削減など働き方の見直しに資する多様な労働条件の整備を求めています。301人以上を雇用する事業主に対しては、2005年4月以降、「行動計画」の提出を義務づけており、300人以下の企業についても、同様の努力義務があります。
経労委報告においては、

・企業においても、子育て支援の取り組みは、人材の確保や従業員の働き方の向上、多様な働き方の実現などを通じて、従業員の意欲向上や生産性、業績の改善につながる可能性が高い。(P.23)

と述べています。
「行動計画」の内容については、「行動計画策定指針」が示されているものの、それぞれ企業の実情に応じて策定することになっています。少子化対策として実効性のある制度とするためには、「行動計画」の立案、実施に労働組合が参加し、勤労者の意見を的確に反映し、仕事と家庭の両立が図られる制度を確立するとともに、また制度を活用しやすい職場としていくことが重要です。(図表31)

2004年12月1日には「改正育児・介護休業法」が成立し、育児休業期間の延長や介護休業の取得回数制限の緩和、子の看護休暇制度の創設などが盛り込まれ、2005年4月1日から施行されます。仕事と家庭の両立を図ることのできる観点から、勤労者のニーズや企業の実態を踏まえつつ、法を上回る制度導入や運用の改善を図っていくことをめざしていきます。(図表32)

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9.高齢者雇用安定法の改正と60歳以降の就労確保

金属労協では、60歳以降の就労確保の3原則として、@働くことを希望するものは、誰でもけること、A年金満額支給開始年齢と接続すること、B60歳以降就労するものについては、引き続き組織化を図ること、を掲げて取り組みを進めてきました。その結果現在、金属労協傘下約3,600組合のうち、1,758組合で産別方針に沿った制度導入が図られています。
2006年4月から、65歳までの継続雇用制度の導入(2013年までに段階的引き上げ)を柱とする改正高齢者雇用安定法が施行されます。少子・高齢化の進展に対応して、高齢者が社会の支え手として活躍できる制度の構築や、年金満額支給開始年齢が引き上げられるなかでの生活の安定や社会保障制度の支え手の確保をすることを目的としています。労使協定によって、継続雇用制度の対象となる労働者に関わる基準を定めることができるとされていますが、法の趣旨を踏まえながら、60歳以降就労確保の3原則に基づいた制度を早期に導入していくことが必要です。十分な労使協議を図り、仕事内容や労働条件についても、勤労者の希望を尊重した納得性の高い制度とすることが重要です。(図表33)


年金満額支給開始年齢との接続による生計費の確保、技術・技能の継承・育成による産業・企業基盤の強化、ともに社会を支え、生きいきとした高齢者生活を実現する観点から、早期に全単組での導入を図っていかなければなりません。<ページのトップへ>


10.格差の拡大と個人消費の動向
(1) 消費は緩やかな回復基調
総務省・家計調査によって、全国・勤労者世帯の家計収支の状況を半年ごとに見てみると、前年割れの続いていた実収入、可処分所得、消費支出とも、2003年度下期(2003年10月〜2004年3月)に前年比プラスに転じました。
2003年度下期に続いて、2004年度上期(2004年4〜9月)も、消費支出の伸び率が可処分所得の伸び率を上回ったため、平均消費性向は前年に比べてそれぞれ0.5ポイント、0.7ポイント上昇しました。平均消費性向自体は、2002年度上期から上昇が続いていますが、従来は可処分所得が減少しているなかで、消費支出の減少がそれよりも少ないことによる上昇だったのが、可処分所得が増加し、消費支出がそれを上回って増加していることが、大きな変化といえます。
とりわけ耐久財に対する支出は、2003年度上期からプラスが続いており、消費支出に占める割合も、2004年度上期には4.7%に達して、2000年度下期以来の高水準となっています。
しかしながら、直近の2004年10〜12月期を見ると、実収入、可処分所得、消費支出とも前年割れを示しており、大きな懸念材料となっています。ただし、耐久財支出については、プラス8.8%と大幅な伸びとなっており、旺盛な消費意欲を見てとることができます。(図表34)

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(2) 中高収入層を中心とした所得環境の改善
2004年における全国・勤労者世帯の家計収支の実績を、年収階級五分位別に見ると、○実収入、可処分所得は、第T五分位(年収445万円程度まで)、第U五分位(年収445〜586万円程度)の世帯では、前年に比べ横ばいに止まっているのに対し、中高収入層といえる第V五分位(年収586〜738万円程度)、第W五分位(年収738〜950万円程度)の世帯では、大幅に増加している。
○消費支出は、可処分所得の増加率の高い第W五分位の増加率が最も大きいが、可処分所得がほとんど横ばいの第T五分位、第U五分位でも消費支出は伸びており、この点でも旺盛な消費意欲が見られる。低収入層の所得環境が改善すれば、さらに消費の拡大が期待されるところとなっている。(図表35)


一般的に、平均消費性向には、所得の高い層ほど、また所得が増えるほど低下する傾向がありますが、今回は、高収入層においても平均消費性向が上昇しており、こうした現象は、これまで我慢をしてきた消費が、所得環境の改善により、一気に解き放たれた状況にあることを示している、と考えられます。格差縮小によって、広く勤労者全体の収入・所得の増加を図り、雇用と生活に対する将来不安を払拭して、幅の広い安定的な消費拡大を実現していかなければなりません。<ページのトップへ>


(3) 企業の貯蓄超過は日本経済の歪みを拡大する
国民経済の観点から見ると、わが国では今日、企業の貯蓄超過という異例の状況となっています。長期にわたる不況によって、企業が投資を控え、内部留保に努めたという特殊な事情はありますが、結局は、家計から企業に所得移転が行われたということであり、こうした状況は、財政赤字の増大と輸出依存という経済の歪みをもたらしています。
通常の場合、家計は貯蓄超過(投資よりも貯蓄が多い)、企業は投資超過(貯蓄よりも投資が多い)になるのが普通です。ところが近年、企業も貯蓄超過となってしまいました。98年度にGDPの統計開始以来初めて、非金融法人企業が貯蓄超過に陥り、1999、2000年度はかろうじて投資超過に戻ったものの、2001年度には再び貯蓄超過に転じ、2002年度には家計の貯蓄超過(11.2兆円)を上回る、17.4兆円という貯蓄超過を記録しています。(図表36)


図表37(経済のフロー循環)は、一般的なマクロ経済学の教科書に載っている経済のフロー循環の図です。企業は賃金や配当のかたちで、家計に所得を支払います。家計は所得を消費や貯蓄にまわします。家計の貯蓄が資本市場を通じて企業にわたり、企業はその資金で投資してビジネスを行い、産み出した付加価値を、再び賃金や配当のかたちで家計に所得として支払います。

こうした流れが通常のフロー循環であるわけですが、企業が貯蓄超過になってしまっている
ということは、この資金の流れがうまく機能していない、ということを意味します。
国民経済ベースでは、

家計の貯蓄超過−企業の投資超過=財政赤字+貿易黒字

という式が成り立つことになっています。


現状では、左辺の家計貯蓄超過が減っているものの、企業への所得移転によるものであり、企業の投資超過のマイナス(=貯蓄超過)が増大しているために左辺が拡大し、従って、右辺の財政赤字・貿易黒字が拡大するという歪みが生じています。
企業による投資は回復していますが、それとともに企業から家計に対する所得移転を促進し、もって消費を拡大することにより、財政赤字の縮小と内需主導型経済を実現していかなければなりません。<ページのトップへ>


11.CSR(企業の社会的責任)と賃金・労働条件決定
(1) 企業におけるCSR推進と労働組合
金属労協は2004年3月、「CSR(企業の社会的責任)推進における労働組合の役割に関する提言」を策定し、企業でCSRを実践する「主体」であるばかりでなく、企業の最も重要なステークホルダーのひとつである従業員の代表たる労働組合が、CSRの推進に積極的に参画していかなければならないことを主張しています。

日本経団連は、経労委報告のなかで、

・CSRは、単なる社会貢献のための寄付やイベントなどのスポンサーになることではなく、企業の利害関係者に対し一層の配慮をしながら経営を行なうことである。(P.57)

としています。春闘交渉に向けた経営側の方針を示す経労委報告のなかで、CSRに関して触れていること自体は、高く評価できます。コンプライアンス(法令遵守)、ビジネス・エシックス(企業倫理)ばかりでなく、これからの賃金・労働条件のあり様においても、CSRの観点が不可欠だからです。
CSR(企業の社会的責任)の「社会」とは、「己」に対する概念です。CSRとは、企業が自己(自社)の利益のみを追求するのではなく、企業に関係する社会全体の利益を追求していくことが、結局は自社の利益を増進させ、企業の永続的発展をもたらすということにほかなりません。

この定義をさらに具体化すれば、
1.自社、あるいは株主とか、経営者とか、ある特定のステークホルダー(利害関係者)の利益を確保することを主目的として、企業活動を行うのではなく、消費者、従業員、地域、株主など、すべてのステークホルダーの利益を図る(Win-Winの関係を作る)よう、努めること。
2.上記を実現するための社内体制(マネジメント・システム)を整備し、ステークホルダーから説明を求められた場合に、速やかに答えられるようにしておく(アカウンタビリティ)こと。
3.これらを実践することにより、企業のサステナビリティ(持続可能性)を確保すること。すなわち、CSRの実践なくして、企業の永続的な存続と発展はありえないということ。
であるといえます。
企業のCSRの取り組みにおいて、従業員はCSRを実践する「主体」であるばかりでなく、CSRによって利益を得るべき客体(ステークホルダー)でもあります。労働組合は、企業におけるもっとも重要なステークホルダーのひとつである従業員の代表として、企業におけるCSR推進に積極的に参画していかなければなりません。

具体的には、金属労協が打ち出した「CSR推進における労働組合の役割に関する提言」に則り、たとえば以下のような役割を果たしていかなければなりません。
第1のステップ:企業におけるCSRの取り組みについて、労使協議会において必ず取り上げる。労働組合として独自にチェック活動を進め、必要な場合には労使協議会などで問題提起を行う。
第2のステップ:CSRに関する社内体制づくりや、社内体制の見直しに労働組合が参画するとともに、CSR委員会、コンプライアンス委員会など、社内横断的な委員会に労働組合の代表が参加する。
第3のステップ:CSR教育、アンケートや社内評価の実施に関与するとともに、CSR報告書の作成にも参加していく。海外での労働問題に関するモニタリングについて、労使連携を図る。<ページのトップへ>


(2) コンプライアンスの主要な柱
金属労協は、2004年3月にとりまとめた「CSR推進における労働組合の役割に関する提言」のなかで、1.コンプライアンス経営、2.ビジネス・エシックス、3.従業員重視の経営、4.環境経営、5.社会貢献をコンプライアンスの5つの柱として掲げました。とりわけ前3者は、勤労者にとって、とくに関わりの深いものです。

1.コンプライアンス経営
わが国においては、コンプライアンス(法令遵守)とは、単に「法令の文言さえ守ればよい」と解釈されがちですが、本来の意味におけるコンプライアンスとは、「法令の文言のみならず、その背後にある精神まで守り、実践すること」(高巌・麗澤大学教授)です。
当然のことながら、企業のあらゆる活動に関して、すべてを法律で厳密に規定していくことは不可能なわけで、法令で触れていない部分、企業や人の判断に委ねられている部分については、企業がインテグリティー(誠実さ)をもって、リーガルマインド(法的なものの考え方)に則り、関連の法令を解釈し、法の主旨に沿った方向で行動していく、という姿勢が必要になります。従って、法律で具体的に禁止されていないからいいだろうとか、法令を都合よく解釈し、これなら許されるはずだ、というような判断で行動することは許されません。法律には猶予措置や特例が付されている場合が少なくありませんが、そうした猶予措置や特例を利用するのではなく、法の主旨に則った対応を積極的に進めていくことがCSRにかなった行動といえます。

2.ビジネス・エシックス
コンプライアンスの範囲がきわめて広いことからすれば、ビジネス・エシックス(企業倫理)とコンプライアンスとの境界線はややあいまいになることは否定できません。ただし、コンプライアンスが法を立脚点とし、法の精神を実現しようとするのに対し、ビジネス・エシックスは、倫理的にどれだけ「高み」を追求できるか、ということになります。

3.従業員重視の経営
企業がグローバルかつ熾烈な市場経済を勝ち抜いていく源泉は、最終的には、従業員の意欲と能力発揮以外にはない、ということが、日本でも、そしてアメリカでも、再認識されるようになってきています。日本を代表するエクセレント・カンパニーの経営者が追求する企業モデルは、従業員の主権を重視し、長期雇用を目標に掲げる傾向が強い、アメリカでも長期雇用の有効性が再認識されつつある、と指摘されています。
消費者の大部分は、どこかの企業の従業員であるわけですから、仮にある企業が従業員を軽視した行動をとり、その情報が広まれば、当然のことながら、そうした企業に対する消費者の支持は離れていくことを覚悟しなければなりません。<ページのトップへ>


(3) 日本経団連のCSRに対する対応
経労委報告では、従業員に関わるCSRに関して、

・とりわけ人材については、従業員の多様性、人格、個性を尊重するとともに、安全で働きやすい環境を確保することが求められる。(P.58)

と主張しています。確かにここに書かれた内容は、CSRの一部には違いありませんが、これがすべてではありません。勤労者に関わるCSRでもっとも重要なことは、
1.労働基準法をはじめとする労働法規を遵守すること。
2.海外の事業拠点において、当該国の国内法の如何に関わらず、基本的人権、中核的労働基準を遵守していくこと。
3.従業員に対して適正な成果配分を図ること。最低限の労働法規を遵守するだけにとどまらず、つねに賃金・労働条件、職場環境の向上をめざしていくこと。
であるといえます。

しかしながら、日本経団連が2004年5〜6月に発表した「企業行動憲章」「企業行動憲章実行の手引き(第4版)」では、
○中核的労働基準のなかでもっとも重要な団結権の保証・結社の自由について触れていない。
○独占禁止法の徹底については触れているのに、「労働基準法の徹底」という表記はない。
などの問題点があります。経労委報告のなかでも、

・法令を遵守することは使用者の当然の責務であることはいうまでもない。(P.49)

としつつも、労働時間に関する労働行政に対して、

・労働関連法制の規制緩和の動きとは反対に、最近の労働行政は、企業の労使自治や企業の国際競争力の強化を阻害しかねないような動きが顕著である。(P.51)
・労働時間をめぐる労働監督行政については、ここ数年、これまで労使による取り決めをもとに企業ごとになんら問題なく対応がなされてきた事項についてまで、突如として指針や通達を根拠に、労使での取り組み経緯や職場慣行などを斟酌することなく、企業に対する指導監督を強化するといった例が多く指摘されている。(P.51)
・各企業における労働者の就労形態や職務内容などの実態に即した法律の解釈、適用がなされるべきであるし、指導についても等しく行われることを強く要望したい。(P.51)

などと主張していますが、コンプライアンスからははなはだ遠い主張である、と判断せざるをえません。

最近における労働監督行政の強化は、これまでの実態があまりにも法のめざすものとかけ離れていたために、これを是正し、本来あるべき姿に戻そうとするものです。2004年12月にまとめられた厚生労働省労働政策審議会の建議「今後の労働時間対策について」においても、「過重労働による脳・心臓疾患の労災認定件数が年間310件以上を記録し、精神障害等の労災認定件数も増加するなど、働くことをめぐる健康障害が社会問題化している」と指摘しています。「これまでなんら問題なく対応がなされてきた」とか、「職場慣行を斟酌」とか、「実態に即した法律の解釈、適用」などという言葉は、企業不祥事の温床といわれているもので、まさにコンプライアンスとは対極にある考え方です。コンプライアンスでは、「これまで許されていたかどうか」は関係ありませんし、「実態」が法と相容れなければ、実態のほうが是正される必要があります。もちろん、「法がおかしい」「法の適正な解釈を」と主張することは自由ですが、労働法規ならば、勤労者生活の向上や労働環境の改善をめざす方向で、法改正や法解釈が行われなければなりません。<ページのトップへ>


(4) ステークホルダーに対する配分が適正かどうかもCSRの主要なテーマ
企業が得た売り上げが、ステークホルダーに対して適正に配分されているかということは、CSRの主要なテーマです。
まず第一に、適正な価格で消費者に提供されているかどうか、第二にはサプライヤーに対して適正な取引を行っているかどうか、そしてその結果として残った付加価値が、従業員、役員、株主に対して適正に成果配分が行われているかどうか、政府・地方自治体に適正に納税されているか、がチェックポイントとなります。
もちろん「適正な価格」「適正な取引」「適正な成果配分」「適正な納税」に具体的な基準はありません。法律違反をしていれば問題外ですが、法令をクリアしている場合の判断基準は、結局、従業員のモラル・モラール・モチベーションを損なうことにならないかどうか、それが公開されたときに、世間の指弾を受けることにならないかどうか、に尽きるといえます。

CSRの先進企業においては、会計報告書や環境報告書などと同様、「CSR報告書」が作成されるようになってきています。こうしたなかでも、売り上げ、サプライヤーとの取引額、従業員・役員・株主に対する配分額、納税額などが数値をもって明らかにされるようになってきています。(図表38
こうしたCSR会計、付加価値会計の考え方は、単に損益計算書を組み替えただけではありません。損益計算書においては、人件費はコストとしてとらえられているのに対し、CSR会計、付加価値会計では、人件費をはじめとするステークホルダーへの配分が、まさに企業活動の目的としてとらえられているのです。
CSR報告書では、CSR会計だけでなく、労働災害件数、所定外労働時間数、非正社員の比率なども明示されてきています。賃金・労働条件、そして労働・雇用環境の全般について情報公開ができるように、そしてその実態が世間の指弾を受けるものでないように、常に労使でチェックしていかなければなりません。<ページのトップへ>


12.直近の経済情勢
(1) GDPの動向
わが国の名目GDP成長率は、2003年7〜9月期以降、前年比でマイナス成長を脱し、2004年4〜6月期1.2%、7〜9月期には1.3%と、低水準ではあるものの、底堅く推移しています。
需要項目ごとでは、個人消費が2004年4〜6月期、7〜9月期とも1.4%、住宅投資は4〜6月期3.1%、7〜9月期1.9%となっていますが、一方設備投資は、2003年10〜12月期以降、6〜7%程度の大幅な成長が続いています。輸出は、2004年1〜3月期以降、2桁の成長率となっていますが、原燃料高を反映し、輸入も2004年4〜6月期以降は2桁の成長率となっています。
なお実質GDP成長率は、2004年1〜3月期に4.3%を記録、4〜6月期3.0%、7〜9月期2.6%とやや鈍化傾向にあるものの、堅調に推移しています。(図表39)

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(2) 景気指標の動向
一般的には、鉱工業生産指数のうちの「出荷指数」のマイナス幅が、「在庫指数」のマイナス幅よりも小さくなった時が景気回復に転じたシグナルであり、逆に「出荷指数」のプラス幅が「在庫指数」のプラス幅よりも小さくなった時が景気後退のシグナルであるとみなされています。
2002年1〜3月期には、出荷指数が前年比△8.4%、在庫指数が△4.2%となっていましたが、翌4〜6月期には、出荷指数が△1.9%、在庫指数が△10.0%とマイナス幅が逆転し、景気回復に転じたことを示しました。2002年7〜9月期以降、出荷指数はプラスを続ける一方、在庫指数はマイナスが続いています。
直近の2004年10〜12月期には、出荷指数が1.9%、在庫指数が△0.3%とその差がかなり縮小しています(図表40)。


しかしながら単月で見ると、10月に出荷がマイナス、在庫が横ばいと「不況期」の状態に陥っていたのが、その後はやや回復が見られるところとなっています。
販売統計で見ると、小売業の販売額は、2004年に入って以来、ほぼ前年並みの水準で推移しています。家電販売などをはじめとする機械器具小売業は、長い間前年割れが続いていましたが、2004年7月、12月には前年比プラスとなり、いわゆるボーナス月の消費の活発さが浮き彫りになっています。
設備投資の先行指標である機械受注統計(船舶・電力を除く民需)は、2004年4〜6月期に11.9%と2桁の伸び率となっていましたが、7〜9月期には3.8%、10〜11月には2.3%と大幅に鈍化しており、やや懸念されるところとなっています。

内閣府・景気ウオッチャー調査の「景気の現状判断(方向性)DI」は、2004年2月以降、50を超えていましたが、9月には47.3と8カ月ぶりに40台に低下し、12月には44.2とさらに低下しています。50を下回るということは、良くなっているという判断より、悪くなっていると判断する傾向が強くなっていることを示しています。(図表41)


貿易動向を見ると、輸出額は2004年暦年で12.2%と2桁増を記録しました。このため貿易黒字も、17.9%と2割近い増加を示しています。直近の2004年10〜12月期には、貿易黒字が前年に比べ9.0%減少しましたが、これは輸入額が価格高騰によって17.0%の大幅増加となったためで、輸出も11.2%と引き続き2桁増となっています。<ページのトップへ>


(3) 物価の動向
消費者物価上昇率(総合)は、2004年10月から12月まで前年比プラスとなり、とりわけ11月には0.8%に達しました。これは天候不順による生鮮食品の値上がりによるもので、「生鮮食品を除く総合」では、この間も前年比マイナスが続いています。2004年1月に入ると、生鮮食品の値上がりの鈍化により、「総合」の上昇率も△0.3%(速報からの推計値)と再びマイナスに転じています。(図表42)


輸入物価は、石油・石炭・天然ガス、金属・同製品、化学製品を中心に、2004年5月以降、
大幅な上昇が続いており、このため国内企業物価も2%程度の上昇率で推移しています。(図表43)


輸入物価、国内企業物価の高騰が、消費者物価に波及していない状況となっていますが、これは、日本銀行が原燃料や生鮮食品の価格高騰に対応し、マネーサプライの増加率を4%台に絞り込んでいることが背景にあります。UFJ総研の試算によれば、3%の名目成長を達成するためには、16%程度のマネタリーベースが必要ということになりますが、現実には4%台の増加率であり、これは明らかに過少な水準といえます。こうした実質的な金融引き締めは、消費者物価の抑え込みの役割を果たすとともに、経済の減速感の原因のひとつにもなっているものと考えられます。<ページのトップへ>


(4) 雇用情勢
2004 年1月には5.48%にまで悪化した完全失業率は、2004 年12 月には4.43%へと1.05 ポイントの改善となりましたが、依然として高水準になっています。また、失業期間が1年以上の失業者が3割を超える状況も改善されていません。(図表44)


完全失業率の改善は、正社員以外の雇用の増加によるものとなっています。労働力調査で、雇用形態別の労働者の増減をみると、2004 年の雇用者数は0.3%の増加となっていますが、男子の常雇は98 年以降マイナスが続いており、2004 年においても△0.4%と減少しています。また、2004 年7〜9 月の労働力調査・詳細集計においても、非正規の職員・従業員は55 万人増となっている一方で、正規の職員・従業員は前年同期比△76 万人と減少傾向が続いています。(図
表45)


以 上

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