−日本経団連「経営労働政策委員会報告」に対する見解−
「現場力」を高める経営をめざせ!
2003年12月17日
全日本金属産業労働組合協議会
(IMF−JC)

 日本経団連は、12月16日、「経営労働政策委員会報告」を発表し、今次労使交渉に臨む経営側の姿勢を明らかにした。
 「経労委報告」では、大規模な事故が頻発していることに対して「現場力」の低下を指摘し、その原因には、「高度な技能や知的熟練を持つ現場の人材の減少、過度の成果志向による従業員への圧力」、「長期雇用慣行や雇用維持について企業の努力が乏しい」ことを挙げている。
 現場の人材力の低下とその原因についての問題意識は、金属労協の考え方と同様であるが、具体的に述べられた雇用、処遇政策は、雇用の流動化の促進、有期雇用・派遣労働の規制緩和と「雇用のポートフォリオ」の推進、裁量労働・労働時間規制の適用除外の拡大などの主張が展開されており、理念と具体的な政策が全く矛盾した内容となっている。
 「現場力」の低下は、設備投資の先送りによる設備の老朽化を背景に、過度な人員削減による一人あたりの仕事量の増大、新規雇用の抑制や非典型労働者の増加などにより、高度熟練の技術・技能、現場に蓄積する情報や知恵、ノウハウなどが継承・育成されていないことなどによるものである。職場の実態は差し迫っており、人材育成を含めた「人」への投資を重視し、金属産業の競争力の源泉である技術・技能の継承・育成と一層の高度化を図るべく、早急な対応を図ることが必要である。
 以下、「現場力」を高め、経労委報告のテーマである「今こそ求められる経営者の高い志と使命感」を真に実現する観点から、金属労協としての5つの点について見解を示すこととする。

1.賃金の国際比較について
 2003年闘争では、日本経団連は、日本の賃金水準が「先進諸国のなかでもトップレベル」であると主張した。これに対して、金属労協は、『実労働時間あたり』にそろえ、福利厚生費を含めた『実労働時間あたり人件費』で比較すれば、日本は米・独両国に比べて高水準ではなく、先進諸国の中では中位にすぎない」点などについて公開質問状を提起した。2004年版では、金属労協の「実労働時間あたり人件費で比較すべき」との主張が受け入れられなかったことは残念ではあるものの、「各国ごとに統計の取り方が異なるために、厳密な比較は困難である」との記載を付加し、日本の賃金水準は「世界のトップレベル」であるとの主張になっており、金属労協の主張を事実上受け入れたものと考える。
 本来、賃金水準はそれが生み出す付加価値との関係で評価すべきであり、単純にわが国の賃金が新興工業国や発展途上国よりも高いことを理由に「賃金水準の調整」を主張すべきではないことは言うまでもない。

2.賃金水準について
 日本経団連は、デフレに対する強い危機感を示しながらも、「賃金水準の調整が喫緊の課題」、「一律的なベースアップは論外」、「ベースダウンも労使の話し合いの対象になりうる」などの主張を続けている。
 こうした主張は、企業収益が過去最高を記録するなど、大幅な改善を示す企業も多いなかで、きわめて不適切と言わざるを得ない。経営者の賃下げに向けた動きを加速させることとなり、その結果、日本全体としての賃金水準が引き下げられることになれば、改善傾向にあるデフレを悪化させ、日本経済を再び景気後退に陥らせる恐れがある。
また、現状においても、賃金水準の低下傾向や、均等処遇が確立されないままの非典型労働拡大などによって労働条件の格差が拡大しており、今後さらに格差が拡大し、階層の固定化が進むことになれば、社会の活力を奪い、勤労者の生活不安をますます拡大させることが懸念される。
 金属労協では、産業・企業ごとにおかれた状況を踏まえた取り組みを推進しているが、日本経団連においても、労使の自主的な判断を妨げ、誤解を与える方針を示すべきではない。「経営者の高い志と使命感」が求められているもとで、経営者が果たすべき役割は、雇用の維持・確保を図りながら、少なくとも賃金水準を維持し、さらに産業・企業の状況を踏まえて、賃金・一時金など総合労働条件の改善を図ることである。国際競争力の源泉である「現場力」を強化するためには、人材への投資が不可欠である。さらに、景気が回復の兆しを見せる現在、消費回復によって更にその道筋を確かなものとしなければならない。

3.賃金制度改定について
 「経労委報告」では、今次労使交渉の課題として、「賃金制度の見直しによる属人的賃金項目の排除や定期昇給制度の廃止・縮小」を主張している。
 しかしながら、賃金制度の改定は、通年的な労使協議の性格を持つものであり、制度内容はもとより、運用の透明性・公平性、結果に対する苦情処理など幅広い問題について、労使が慎重に話し合いを尽くした上で合意を図るものである。労働組合が現行制度に基づく賃金改定を交渉しようという時期に、交渉の基本となる制度改定を提案し、拙速な協議・合意を図ろうとすることは、労使の信頼関係を損なうものと言わざるを得ない。
 また、「経労委報告」が主張する人事・賃金制度改革では、第一に「賃金水準の調整」が掲げられている。仮に、人件費抑制を主眼においた賃金制度改定を行うようなことがあれば、企業経営や人事政策への不信を招くことになり、勤労者のモラール維持、技術・技能の継承・育成を危うくする恐れがある。賃金制度は、それぞれの産業・業種の特性に応じて、能力や仕事が適正に評価され、公平さが確保される制度であることが重要である。そのためには、通年的な労使協議によって、透明で納得性の高い賃金・処遇制度を確立しなければならない。

4.多様な人材の活用について
 国際競争力の強化策として、「内外のヒト、モノ、カネ、情報の活用によって国内を活性化」することが重要だとの主張がされている。「ヒト」の自由化については、製造現場等における外国人労働者の活用など、低賃金の単純労働者の確保が目的となっている面があることや、現在の雇用情勢などを踏まえれば、引き続き厳しい制限が必要である。
 さらに、ホワイトカラーの働き方については、「アメリカのホワイトカラー・イグゼンプション制度のような、一定の労働者には労働時間規制の適用を除外する制度の早期検討・導入が求められている」と主張している。しかしながら、アメリカの制度に関する十分な検証なしに、その是非を論ずることはできない。近年、リストラ、雇用削減が行われる一方で、特にホワイトカラーの分野で長時間労働、不払い残業の増大、過労死の増加等が深刻な社会問題となっている。こうした労働法制の遵守状況からすれば、裁量労働の拡大や労働時間規制の適用除外は時期尚早であり、こうした問題について経営者自ら責任を持って解決を図ることが先決である。
 本来、多様な働き方を推進するためには、勤労者ニーズにあった選択肢が拡大されることが前提である。そのためには社会的合意形成によって均等処遇を実現していくことが必要であり、同時に、雇用のセーフティーネットを確立しなければならない。

5.産業別最低賃金について
 「経労委報告」では、産業別最低賃金制度が地域別最低賃金と屋上屋を架していることを理由に廃止論が主張されている。しかしながら、産業ごとの基幹的労働者に適用される産業別最低賃金は、当該産業労使がイニシアティブを発揮しながら、その産業の実態を踏まえた適正な最低賃金を設定することにより、全産業のすべての労働者を対象とする地域別最低賃金を補完し、産業ごとのより実効性の高いセーフティーネットの構築と事業の公正競争の確保に寄与している。雇用形態の多様化が進行するもとで、賃金のセーフティーネットとしての役割も増しており、今後とも産業別最低賃金の継承・発展を図っていかなければならない。

以 上

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